
【世界卓球】「これまでにないぐらい厳しい試合」―― 戸上隼輔が、コーチの一言に救われた夜
メダルが懸かった準々決勝。勝てば表彰台が確定する一戦で、戸上隼輔(井村屋グループ)は「これまでにないぐらい厳しい試合」をくぐり抜けた。相手はドイツ。グループステージで一度倒した、フランツィスカだった。
チームは2対0とリードし、3番に戸上が入る。勝てば、メダル決定。だが――その手で決めることは、できなかった。
シリーズの背骨となる第2回は、ドイツ戦と決勝・中国戦という二つの大舞台で、戸上が何と戦い、何に救われたのかをたどる。
メダルが懸かった一戦、入る前から緊張していた
戸上には、この一戦に懸ける特別な思いがあった。前回の世界卓球。戸上はメダル決定戦で敗れ、悔しさを抱えたまま2年を過ごしてきた。
戸上 隼輔だが、楽しみは、そのまま重圧に裏返る。相手は、グループステージで日本が敗れていたドイツ。戸上自身の相手は、その3番で一度勝っていたフランツィスカだった。
「グループステージでチームは負けていたので、必ず苦しい試合になるだろうなと。グループステージでは圧倒的な差は感じていなかったので、また苦しい試合になるなと思って、だいぶ試合の前から緊張していました。心境としては、メダルを取らないと全く違う世界があるので、やっぱり取りたいという強い気持ちはあります」
1ゲーム目、0―6。自分で嫌な空気を作ってしまった

チームが2対0といい流れで回してくれた3番。その大事な試合の入り口で、戸上はいきなりつまずく。
「1ゲーム目に、0対6からスタートしたと思うんですよ。そこで僕としては、すごく嫌な雰囲気というか、空気を自分で作ってしまったなと。チームのみんながいい流れで3番に回してくれて、その中で1ゲーム目勝負だったんですけど、そこを先手を取られてしまったのが、自分の中で安易だったなと思っています」
それでも、立て直す手はあると信じていた。団体戦は、流れが変わりやすい。
戸上 隼輔
「3ゲーム目を取った後でも、まだチャンスはあると思っていた。団体戦は個人戦より流れが変わりやすい、気持ちの波が出やすいので、全然巻き返すチャンスはあるかなと思ったんですけど。相手もベテランで、経験豊富な選手なので、3ゲーム目を取られても、また冷静に序盤からやってくる。長年トップでやっているからなのかなと感じました」
「自分のプレーを、させてもらえなかった」
何をしても、崩れない。戸上は試合を、こう振り返る。
「まず、自分のプレーができなかった。自分のプレーをさせてもらえなかったというところに、トップ選手との対戦の難しさを感じて。試合中、いろいろ試行錯誤して、なんとかして崩そうとしたんですけど、なかなかそうさせてくれなくて。もがき苦しんだ試合だったと、今振り返って思います」
トップ選手に、2度続けて勝つということ
グループステージで一度勝った相手に、もう一度勝つ。その難しさを、戸上はこの試合で痛いほど知った。
戸上 隼輔
「2回連続でトップ選手に勝つというのは、簡単なことではないなと。グループステージで勝つのと、メダル決定戦で勝つのは、また違った心理的な面もあるので。両方勝てるのがベストなんですけど、どちらかといえばメダル決定戦のほうが大事な試合だったので、その大事なほうで落としたという気持ちは、すごくありました」
2対0から、自分の手でメダルを確定させたかった。その思いがあったぶん、悔しさは深い。
「自分の手でメダルを確定させたかったという気持ちもある中でできなかったのは、すごく不甲斐ないな、情けないなと思ったし、やっぱりエースの張本選手に頼らせてしまった。まだそこの差がチーム内でもあるのかなと感じたので、悔しかったです」
戸上が落とした3番のあと、エースの張本がチームを勝利に導いた。日本はメダルを確定させ、決勝へ。だが戸上の胸には、勝利の安堵より、自らへの不甲斐なさが残った。
試合後、深く落ち込んだ夜に届いた一言

メダルは決まった。それでも戸上は、次へ進む足取りを失いかけていた。
「次の試合のことを考えると、自分のプレーをまた100%出し切れる自信は、正直なかったですね、あの直後は。自分の中で、すごく不甲斐ない試合をしてしまったという印象があったので。だから、僕の中ではかなり落ち込みました」
その戸上を引き上げたのは、長く隣にいる人の、客観的な一言だった。
「プレー自体は悪くない」――客観が、救いになる
「あの試合が終わった後、上田さんに『プレー自体は悪くない』って言われて。ああ、客観的に見てそうなんだ、と思って。いつもだったら自分のプレーが、と自分のことばかり考えてしまうところを、客観的に見ていた上田さんに『プレーは悪くない』って言われて、結構、救われた気がします。悪くないんだ、って」
なぜ、その一言がこれほど効いたのか。戸上は、信頼の理由をこう語る。
戸上 隼輔
「上田さんは常日頃ずっと共に、長くいる時間が多いので、やっぱり信頼しているし、いい時も悪い時も、常に一緒にいてくれる。悪い時の自分を知っている人にそう言ってもらえた時は、ああ、悪くないんだって、素直に受け入れられた自分もいて。やっぱり、見てくれてよかったなと思いました」
ベンチや控えのスペースから絶え間なく届く、仲間とスタッフの声。それも、戸上を支えていた。
「正直、悔しかったです。けど、今回は団体戦で来ているし、出られない選手もいる中で声をかけてくれたり、スタッフも積極的に声をかけてくれたので。あれは、すごく助かりました」
決勝・中国戦も、自分の空気を作れたのは遅すぎた
迎えた決勝の相手は、中国。準決勝でフランスと競り合った末に勝ち上がってきた、王者だった。
戸上 隼輔
「どっちが来ても、勝つチャンスは僕たちにはあると思っていました。フランスとはグループステージで負けてしまったので、リベンジするいい機会だったし。結果的に中国が上がってきたので、やっぱりすごいなと。中国が上がってくるか、という強さは、改めて感じましたね」
1番、2番と日本は落とし、劣勢で戸上の3番が回ってきた。
「準決勝、準々決勝とチームが支えてくれたので、次は自分だなと思って。自分が勝って、もう一回空気を変えたいという気持ちはありました」
だが、ここでも戸上は、序盤に自分の世界を作れなかった。ドイツ戦と同じ、後手の入り方だった。
「1ゲーム目、2ゲーム目ですごく圧倒されてしまって。やっと3ゲーム目から自分のプレーができるようになったんですけど、その頃にはもう遅かった。もっと早い段階で、自分の空気感を作れていれば良かったなと思います」
勝負を分けたのは、ほんの些細な綻びだったと、戸上は見ている。
「2ゲーム目を簡単に落としてしまったのが、すごく敗因かなと。完全に落とすよりは、もっと詰めて、もっとプレッシャーを与えていけていたら、試合は変わっていたなと。簡単に落としてしまったというのが、敗因かなと思っています」
頭は冷静に、体は熱く――銀メダルが残したもの
気持ちも調子も、決して悪くはなかった。だからこそ、戸上の言葉には、技術ではない次元の悔いがにじむ。
「打つコースが単調になってしまったり、接戦の時の一本でのミスだったり。そういう些細なところで、流れが大きく変わってしまう。もっと冷静に、頭は冷静に、体は熱く、というのを、もっと自分に落とし込めたら良かったなと思います」
大会を通して戸上が痛感したのは、団体戦という舞台の特別な重さだった。
「正直、大会が始まる前は団体戦のほうが好きだったんですけど、この大会を通して、個人戦のほうが楽だなと思った。団体戦は本当にプレッシャーも半端じゃないし、今後、金メダルを狙えるものに近づくにつれて、もっと精神的に強くならないといけない」
それでも、与えてもらったものは大きかったと、戸上は仲間への感謝を口にする。
戸上 隼輔
「チームメイトにいい影響を与えられたかというと、与えてもらってばっかりだったなと。出られない中でも応援してくれたり、相手の特徴を捉えて練習相手をしてくれたり、アドバイスをくれたり。男子のチームメイトは、本当に優しいなと思っています」
銀メダル。手放しでは喜べない結果に、それでも戸上は確かな手応えを残していた。
「今までで一番、プレッシャーを感じながら試合をした大会だったので、本当に、いろんな面で成長できたなと思っています。学ぶことが、本当に多かった」
その学びを、戸上はどこへ向けていくのか。視線の先には、すでにロサンゼルスがあった。
第1回はこちらから(第3回へ続く)