
【世界卓球】弱肉強食の2週間 ―― 戸上隼輔が銀メダルを「60点」と言い切る理由
銀メダル。日本卓球史に刻まれる結果を手土産に、戸上隼輔(井村屋グループ)はロンドンから帰国した。世界卓球ロンドン2026、男子団体。決勝で中国に敗れはしたものの、表彰台の真ん中に最も近い場所まで、チームは上り詰めた。
だが、帰国した戸上の口から最初にこぼれたのは、歓喜でも誇りでもなかった。「安堵」——そして自らの大会を、彼は迷わず「60点」と採点する。
銀メダリストが、なぜそう言い切るのか。2週間にわたる“弱肉強食”の戦いを、戸上自身の言葉からたどっていく。
銀メダルを持ち帰って、最初に口をついたのは「安堵」だった

帰国して、まず率直な気持ちを尋ね返ってきたのは、勝者の高揚とは少し違う響きの言葉だった。
戸上 隼輔
最低限の目標。銀メダルという結果を、戸上はそう位置づける。その温度感にこそ、今の戸上隼輔がどこを見ているかが表れていた。
「60点ぐらいかな」――勝者がそう言い切る理由
今大会を100点満点で採点してもらうと、答えは「60点ぐらい」。理由を聞くと、戸上は良かった場面と悔いの残る場面を並べていった。
戸上 隼輔問題はその先だった。グループステージ最終戦のフランス戦。3番に2対0で回ってきて、相手は年下、ランキングも近い、勢いのある若手。2対2のあと、10対8とリードしながら、そこから逆転を許した。
「その8まではすごくいい戦いだったんですけど、そこから自分の焦り、勝ちたい気持ち、欲が前面に出ちゃって、落ち着いてできなかった。それがすごく悔しい結果で」
大会前に掲げた目標は二つあった。チームとして「銀メダル以上」、個人として「全勝でチームに貢献する」こと。前者は叶った。だが後者は、個人成績5勝3敗。
戸上 隼輔勝って、なお満たされない。その自己評価の高さが、60点という数字の正体だった。
初めての試合方式に、誰もが戸惑っていた
今大会は、シーディングリーグを戦ってから決勝トーナメントに進む新方式で行われた。戸上にとっても、日本にとっても、初めての戦い方だった。
戸上 隼輔体力的には全試合を戦い抜いた。だが、心は揺れた。
「精神的に、やっぱり波が出てしまって。その波を保つのが、非常に難しかったです」
その波と向き合うために、戸上はメンタルコーチの力を借りた。話す内容は、卓球の技術そのものではなかったという。
戸上 隼輔整えるべきは、コートに立つ前にあった。
1位を逃した夜、いちばん悔しかったのは監督だったかもしれない
シーディングリーグを、日本は2位で終えた。1位を狙えるチームだと、誰もが信じていた。
戸上 隼輔
「1位を狙えるチームだとみんなが思っていたし、金メダルを目指せるチームだと思っていた。1位じゃなかったというのは、正直、考えてもみなかった結果だったので、すごく悔しかったです。周りも悔しかったと思うし、特に岸川監督が一番悔しかったのかなと」
最後のフランス戦に勝てば、1位だった。あと一歩が、届かなかった。
「新しいシステムに変わって、みんなが戸惑う中で勝ち続けるのは、非常に難しいことなんだなと。違うリーグを見ても思いましたし、自分たちが戦ってきても感じました」
折れそうな心を支えた、コーチたちの言葉

リーグ最終戦を落とした直後、ベンチに戻った選手たちの空気は、一様ではなかった。
戸上 隼輔
「『次、次』と思う人、『まだ負けたわけじゃない』と話しかけてくれる人もいて。でも、チーム戦に出た3人は、少しどんよりした感じもありました」
そのどんよりを払ったのは、コートに立っていなかった仲間の存在だった。
「出ていなかった篠塚には、ほんと助けられたなと。すごく前向きな言葉をもらったし、ここで下を向いているようではいけないなと、改めて思えたんです」
声をかけてくれたのは、宇田や篠塚。そしてスタッフ陣。上田コーチや岸川監督からは、こんな言葉をもらったという。
『まだ終わったわけじゃないし、結果は結果だから、これを受け止めて』と。
一晩明けて、チームの空気が変わった
リーグ2位という結果は、皮肉にもチームに火を点けた。決勝トーナメントの組み合わせが決まったのだ。メダル決定戦の相手は、中国かドイツか。日本が引いたのは、グループステージで敗れていたドイツだった。
「ドイツを引いた時に、『よっしゃ、リベンジできる』という気持ちもあって。このトーナメントが決まった時に、みんな、ちょっと空気が一変したというか、そんな感じはしました」
一晩が、チームを変えた。
戸上 隼輔決勝トーナメントは、一発勝負。戸上はその重圧を、こう表現した。
「勝ったやつしか上がれない。弱肉強食じゃないですか」
特別なルーティンは決めなかった。代わりに大切にしたのは、コミュニケーションだったという。
戸上 隼輔
「勝っても負けても、団体戦は特に油断ができない。負けた選手への声かけは大切だなと思ったし、空気感も、いい方向に行けばいい方向に行くし、悪い空気感が生まれれば悪い方向に持っていかれちゃう。できるだけいい方向に行けるように、と意識していました」
噛み合った準決勝――団体戦でしか味わえないもの
メダルが懸かった準々決勝という最大の山を越え、日本は準決勝で台湾と相対した。若く、勢いのあるチーム。エースの林昀儒は、それまで負けなしで勝ち上がってきていた。
戸上 隼輔戸上の相手は、郭冠宏(クオ・グアンホン)。1年前の世界選手権のシングルスでも対戦した若手だが、その印象は大きく変わっていた。
「1年前の郭冠宏と今の郭冠宏で考えると、もうレベルは数段階上がっているし、実績もあるし、かなり怖い若手の一人だと思って試合に挑みました」
この試合、戸上は手応えをつかんでいた。直前の準々決勝で味わった悔しさ、そしてそこで得たものを、準決勝で試した結果だった。トーナメントを通じて、最も噛み合った一戦だったという。
「準々決勝で得たものを、この準決勝の三番で試した結果、かなりプラスの方向に進んでくれた。かなり、いい試合だったと思っています」
熱くなりながらも、頭の芯は冷えていた。
「終始、自分は熱くなりながらも冷静にできたなと思う。接戦になっても、落ち着いてできました」
決勝進出が決まった瞬間、最低限の目標はクリアした。だが、戸上の心はそこで止まらなかった。
戸上 隼輔——だが、その決勝へ向かう前に、戸上は「これまでにないぐらい厳しい試合」をくぐり抜けていた。メダルが懸かった準々決勝。コートの上で、戸上自身は何と戦っていたのか。