2026年6月23日

【世界卓球】弱肉強食の2週間 ―― 戸上隼輔が銀メダルを「60点」と言い切る理由

戸上 隼輔

銀メダル。日本卓球史に刻まれる結果を手土産に、戸上隼輔(井村屋グループ)はロンドンから帰国した。世界卓球ロンドン2026、男子団体。決勝で中国に敗れはしたものの、表彰台の真ん中に最も近い場所まで、チームは上り詰めた。

だが、帰国した戸上の口から最初にこぼれたのは、歓喜でも誇りでもなかった。「安堵」——そして自らの大会を、彼は迷わず「60点」と採点する。

銀メダリストが、なぜそう言い切るのか。2週間にわたる“弱肉強食”の戦いを、戸上自身の言葉からたどっていく。

銀メダルを持ち帰って、最初に口をついたのは「安堵」だった

帰国して、まず率直な気持ちを尋ね返ってきたのは、勝者の高揚とは少し違う響きの言葉だった。

戸上 隼輔戸上 隼輔
「率直な今の気持ちは、最低限の目標であった決勝進出というところと、安堵な気持ち。それが、今の気持ちです」


最低限の目標。銀メダルという結果を、戸上はそう位置づける。その温度感にこそ、今の戸上隼輔がどこを見ているかが表れていた。

「60点ぐらいかな」――勝者がそう言い切る理由

今大会を100点満点で採点してもらうと、答えは「60点ぐらい」。理由を聞くと、戸上は良かった場面と悔いの残る場面を並べていった。

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「最初のグループステージ、初戦の入り方としては、僕としては100点満点だったんです」

問題はその先だった。グループステージ最終戦のフランス戦。3番に2対0で回ってきて、相手は年下、ランキングも近い、勢いのある若手。2対2のあと、10対8とリードしながら、そこから逆転を許した。

「その8まではすごくいい戦いだったんですけど、そこから自分の焦り、勝ちたい気持ち、欲が前面に出ちゃって、落ち着いてできなかった。それがすごく悔しい結果で」

大会前に掲げた目標は二つあった。チームとして「銀メダル以上」、個人として「全勝でチームに貢献する」こと。前者は叶った。だが後者は、個人成績5勝3敗。

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「チームに貢献できたかと言われると、そこまで実感はしてなくて。チームメイトに助けられてしまったな、という。ある意味、悔しい結果だったと個人的には思っています」

勝って、なお満たされない。その自己評価の高さが、60点という数字の正体だった。

初めての試合方式に、誰もが戸惑っていた

今大会は、シーディングリーグを戦ってから決勝トーナメントに進む新方式で行われた。戸上にとっても、日本にとっても、初めての戦い方だった。

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「今回初めての方式だったので、まず、どういう感じで挑めばいいのかが本当にわからなくて。日本は初戦から勝ちを求めてオーダーを組んでいたと思うんですけど、初戦から緊張感もプレッシャーもすごかったので、精神的にしんどかったり、体力的にばててしまう選手もたくさんいる中で、試合のモチベーションに照準を合わせる部分で、みんな苦労したと思います」

体力的には全試合を戦い抜いた。だが、心は揺れた。

「精神的に、やっぱり波が出てしまって。その波を保つのが、非常に難しかったです」

その波と向き合うために、戸上はメンタルコーチの力を借りた。話す内容は、卓球の技術そのものではなかったという。

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「プレー自体は全然悪くなかったので、なんで試合の中で波が出てしまうのか。日常の面だったり、練習の意識だったり、卓球の外の話が非常に多くて。どういう面で試合に向かえばいいのか、どういう気持ちの持ちようで自分はよくなるのか、そういうのを振り返っていました」

整えるべきは、コートに立つ前にあった。

1位を逃した夜、いちばん悔しかったのは監督だったかもしれない

シーディングリーグを、日本は2位で終えた。1位を狙えるチームだと、誰もが信じていた。

戸上 隼輔戸上 隼輔
「1位を狙えるチームだとみんなが思っていたし、金メダルを目指せるチームだと思っていた。1位じゃなかったというのは、正直、考えてもみなかった結果だったので、すごく悔しかったです。周りも悔しかったと思うし、特に岸川監督が一番悔しかったのかなと」

最後のフランス戦に勝てば、1位だった。あと一歩が、届かなかった。

「新しいシステムに変わって、みんなが戸惑う中で勝ち続けるのは、非常に難しいことなんだなと。違うリーグを見ても思いましたし、自分たちが戦ってきても感じました」

折れそうな心を支えた、コーチたちの言葉

リーグ最終戦を落とした直後、ベンチに戻った選手たちの空気は、一様ではなかった。

戸上 隼輔戸上 隼輔
「『次、次』と思う人、『まだ負けたわけじゃない』と話しかけてくれる人もいて。でも、チーム戦に出た3人は、少しどんよりした感じもありました」

そのどんよりを払ったのは、コートに立っていなかった仲間の存在だった。

「出ていなかった篠塚には、ほんと助けられたなと。すごく前向きな言葉をもらったし、ここで下を向いているようではいけないなと、改めて思えたんです」

声をかけてくれたのは、宇田や篠塚。そしてスタッフ陣。上田コーチや岸川監督からは、こんな言葉をもらったという。

『まだ終わったわけじゃないし、結果は結果だから、これを受け止めて』と。

一晩明けて、チームの空気が変わった

リーグ2位という結果は、皮肉にもチームに火を点けた。決勝トーナメントの組み合わせが決まったのだ。メダル決定戦の相手は、中国かドイツか。日本が引いたのは、グループステージで敗れていたドイツだった。

「ドイツを引いた時に、『よっしゃ、リベンジできる』という気持ちもあって。このトーナメントが決まった時に、みんな、ちょっと空気が一変したというか、そんな感じはしました」

一晩が、チームを変えた。

戸上 隼輔戸上 隼輔
「変わりましたね、やっぱり。すごくみんな前向きに戦っていました。リーグが終わって、次の日にはもう初戦のベルギー戦。正直、切り替えるのは難しかったんですけど、自分はもう気持ちがそこまでいったので、あとは上がるだけだと思って戦って。初戦からすごく良かったし、チームもみんなリラックスした状態で挑めていたと思います」

決勝トーナメントは、一発勝負。戸上はその重圧を、こう表現した。

「勝ったやつしか上がれない。弱肉強食じゃないですか」

特別なルーティンは決めなかった。代わりに大切にしたのは、コミュニケーションだったという。

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「勝っても負けても、団体戦は特に油断ができない。負けた選手への声かけは大切だなと思ったし、空気感も、いい方向に行けばいい方向に行くし、悪い空気感が生まれれば悪い方向に持っていかれちゃう。できるだけいい方向に行けるように、と意識していました」

噛み合った準決勝――団体戦でしか味わえないもの

メダルが懸かった準々決勝という最大の山を越え、日本は準決勝で台湾と相対した。若く、勢いのあるチーム。エースの林昀儒は、それまで負けなしで勝ち上がってきていた。

戸上 隼輔戸上 隼輔
「台湾は、日本以上に年齢層も若くて、かなり勢いがあるなという印象で。エースの林昀儒は、日本とやるまで負けなしで上がってきていたので、三番の試合が絶対に鍵になると思っていた。そこで勝ち切れたのは、すごく良かったです」

戸上の相手は、郭冠宏(クオ・グアンホン)。1年前の世界選手権のシングルスでも対戦した若手だが、その印象は大きく変わっていた。

「1年前の郭冠宏と今の郭冠宏で考えると、もうレベルは数段階上がっているし、実績もあるし、かなり怖い若手の一人だと思って試合に挑みました」

この試合、戸上は手応えをつかんでいた。直前の準々決勝で味わった悔しさ、そしてそこで得たものを、準決勝で試した結果だった。トーナメントを通じて、最も噛み合った一戦だったという。

「準々決勝で得たものを、この準決勝の三番で試した結果、かなりプラスの方向に進んでくれた。かなり、いい試合だったと思っています」

熱くなりながらも、頭の芯は冷えていた。

「終始、自分は熱くなりながらも冷静にできたなと思う。接戦になっても、落ち着いてできました」

決勝進出が決まった瞬間、最低限の目標はクリアした。だが、戸上の心はそこで止まらなかった。

戸上 隼輔戸上 隼輔
「最低限の目標はクリアできたので、ほっとはしたんですけど。でも、みんな金メダルを目指してロンドンに来ていたので、誰一人として『もうここでいいや』という人はいなかった。あとはやるだけ、という感じでしたね」

——だが、その決勝へ向かう前に、戸上は「これまでにないぐらい厳しい試合」をくぐり抜けていた。メダルが懸かった準々決勝。コートの上で、戸上自身は何と戦っていたのか。

(第2回へ続く)