
育児と指導を両立する日々—土性沙羅の現在地
夜と朝の境目が曖昧なまま、一日は静かに動き出す。
母として、指導者として、それぞれの時間が重なり合いながら進んでいく。
土性沙羅は支えあいの中で、現在進行形の日常を積み重ねている。
切り替えが続く日常、同時に進むいくつもの時間
現在、土性には生後8ヶ月の子どもがいる。
夜はまとまって眠らない日もあり、深夜の2時や3時に起きることも珍しくない。
そんな中、コーチの日は朝4時半に起床し、5時半からの朝練に向かう。
出産前は、自身の体を使った指導はできなくても、言葉で伝えられる部分もあると考え、ギリギリまで現場に立っていたという。
産休に入ったのは、出産予定日のわずか1週間前だというから驚きだ。
7月に出産し、復帰したのは2か月後の9月。
復帰当初は、午後の練習のみを担当する形で様子を見つつ、徐々に本格的に現場へ戻っていった。
「産後2週間くらいは、座っているのも立っているのも歩くのも、とにかく全部がしんどかったですね。現場に復帰してからは、体が本調子じゃない部分もありました。でも、それよりも子どもがすごく可愛いくて何よりの原動力なので、ちょっとくらいの不調は全然大丈夫でした」
そう語るように、土性は育児と指導の両立に全力で向き合っている。
朝、子どもがまだ寝ている時は、そのままそっと家を出る。
もし起きてしまった時には、夫にも4時半に起きてもらい、ミルクや寝かしつけをバトンタッチする。
5時半から7時半まで朝練を行い、8時頃に帰宅すると、ちょうど夫が出勤する時間帯。
そこからは、母としての時間が始まるという。
子どもを散歩に連れて行き、一緒に遊び、身の回りの世話をする。
昼寝の時間には自分も横になって休みつつ、午後の練習が始まるまでの間に夕食の準備や家事をこなす。
「2日連続で朝練に行く日は4時半起きが続くので、帰ってきたらなるべく早く寝たいんです。だから午後の練習前に、子どもをお風呂に入れて、ご飯を作ってという感じで、少しでも長く睡眠時間を確保できるようにしています」
午後の練習は17時から。
その間は子どもを母に預け、自宅に帰るのは早くて19時半。遅い時は21時を過ぎることもある。
帰宅後は残りの家事を片付け、子どもを寝かしつける。
朝練がある前日の夜は、土性自身もできるだけ早く寝たいが、子どもがなかなか寝てくれず、23時や0時を過ぎてしまうこともあるという。
夫と母に支えられて成り立つ「三人四脚」
この生活を支えているのが、夫と母の存在だ。
母には、松阪と愛知を行き来しながら、サポートしてもらっている。
産後の回復期も、その支えは大きかったという。
「正直、一人だったらすごく大変だったと思います。でも、夫も産休(産後パパ育休)を取ってくれましたし、母も手伝いに来てくれたり、たくさんサポートをしてくれたので、2か月で現場に復帰できたと思っています」
自身も母になった今、選手時代は自分のことで精一杯で、周囲のサポートに気を配る余裕があまりなかったと振り返る。
「現役の頃は正直周りが見えない時期もあって、今になって反省しています。特に母には、現役時代を支えてもらっただけでなく、今も子育てを助けてもらっていますし、本当に一番支えてもらっています。自分も母になって、周囲の人にたくさん支えてもらいながら、レスリングを続けてこられたんだなとより感じますし、改めて感謝しています」
そして、その感謝の気持ちは、子どもと選手たちへの想いへとつながっていると話す。
「自分がしてもらってきたことを、子どもにも引き継いでいきたいですし、選手時代にコーチたちから教えてもらったこと、サポートしてもらったことを、今度は私が選手たちに返してあげたい。本人たちの目標を達成させてあげられるように、しっかり支えていきたいと思っています」
要領が悪い自分との付き合い方

一方で、土性には自覚している弱点もある。
「時間の使い方がすごく下手で…。子育てとコーチ業の両立で工夫はしているんですけど、うまくいかないことも多いです」
本来なら空いている時間に食事を作ればいいのに、つい子どもと遊びすぎてしまう。
子どもが昼寝をしている時間に家事を進めればいいのに、一緒に休みすぎてしまい、気づいたら出勤前にバタバタしている。そんな日も少なくないという。
「本当はもっと時間に余裕を持ってやれるはずなんですけど、やることが後ろに押し押しになってしまって、昔から要領が悪いんです(笑)まだまだ頑張らないといけないなと思いながら毎日やっています」
それでも土性は、完璧な両立を目指すのではなく、周囲の協力と共に試行錯誤しながら、今できる最善を積み重ねている。
「子どものためにも、自分のためにも」健康でいることの意味
出産を経て、改めて痛感したのは健康でいることの大切さだという。
もともと土性は、自身の体の不調に鈍感なタイプだと話す。
「親からは産後は本当に大事だから、絶対に無理はダメだと言われていました。でも、自分がどのくらい疲れているのか、正直あまりわかっていなかったんです」
妊娠中は選手と一緒に体を動かしながらの指導ができなかった分、復帰後は少しでも体を使って教えたいという気持ちから、周囲の心配をよそに、早々からスパークリングや打ち込みにも積極的に参加していたという。
しかし、その代償は、徐々に体の不調として表れた。
「関節の痛みや、朝起きた時に体のこわばりを感じるようになって、その時はじめて、体的には無理をしていたんだということに気付きました(笑)今なら親が言っていたこともわかります。私自身が体を壊してしまったら、子どもにも選手にも迷惑をかけてしまう。体調管理は本当に大事だと感じています」
アスリートの頃とは違う意味で、今は倒れられない理由がはっきりとある。
母として、コーチとして、それぞれの責任を果たすために、コンディションを整えることも大切な役割のひとつだ。
支えられながら、支える立場へ。
土性沙羅は、等身大の歩幅で新しい日常を歩んでいる。
