
土性沙羅が選んだ新たなステージ。公務員から母校コーチへの転身
|指導者としての一歩を踏み出すまで
Q:まず最初に、指導者になりたいと思ったきっかけを教えてください。
きっかけは松阪市役所勤務中に担当した出前授業でした。
実はもともと、人前で話すことがすごく苦手だったんです。
「できれば避けたいな…」と思うことの1つだったし、そもそも私にはできないと思っていました。
それでも仕事としてやらざるを得ない状況になって、最初はもう緊張しすぎて…ただただ原稿を読むだけという感じでしたね(笑)
Q:そこからどのように変わっていきましたか?
子どもたちに話す機会は26回くらいあったと思います。
回数を重ねていく中で、子供たちの反応が見えるようになってきたんですよね。
「ここに反応してくれるんだ!」ということに気づいた時は、次はそこをもうちょっと強調して話してみたり。
あとは写真を使うようにしたり、クイズを取り入れて子どもたちの興味を引いてみたりと、少しでも面白いと感じてもらえるように色々工夫をする余裕が出てきました。
最初は全く自信がなかったのに「意外とできるのかもしれない」とだんだん思えるようになっていきました。
Q:子どもたちの反応で印象的だったことは?
たとえば、トレーニングの写真を見せた時。
「普通のおんぶは1人だけど、トレーニングでは2人をおんぶするんだよ」とか「合計で何キロ背負ってるんだよ」という話しをすると、「えー!すごい!」と目をキラキラさせてくれて可愛かったですね。
あとは、金メダルの重さをクイズにした時は想像以上の盛り上がりで楽しかったです。
選手時代の苦労話や真面目な話の時はすごく真剣に聞いてくれて、「緊張して練習通りにできない。どうしたらいいですか?」とか「辛い時はどう乗り越えたんですか?」とか、いろいろ質問をもらえたことも嬉しかったです。
Q:子どもたちからの質問にはどのように答えていましたか?
緊張に対しては「練習でやってきたことしか本番では出せない」と伝えていました。
急に新しいことをやるのは難しいし、やっぱり積み重ねた練習こそが自信になると思うので、日々の大切さを伝えるようにしていました。
辛い時に対しては、親しい人に自分の気持ちを聞いてもらったり、支えてくれている人がいることを思い出して、自分を鼓舞しながら乗り越えていたことを伝えました。
子どもたちに少しでも響いていたら嬉しいなと思います。
Q:そういう出前授業での経験が指導者へなりたいと思うきっかけになったのですね。
はい。でも本当に悩みました。
まだ働き始めて2年だったので、もう少し市役所で経験を積むべきではないかと。
でもその一方で、私にはできないと思っていたことが「意外とできる」ということに気づいて、そこをもっと伸ばしてみたいという気持ちも強くなって…なかなか答えが出ませんでしたね。
Q:ご家族に相談はされましたか?
はい。
母には「まだ2年でしょ?もう少し市役所を続けた方がいいんじゃない?」と言われました。
夫には「自分がやりたいと思ったことはやった方がいい。それがたまたま今だっただけで、勤務年数ではなくタイミングが大事だと思うよ」と背中を押されました。
どちらの意見もとても理解できたので、相当悩みました。
Q:最終的に決意したきっかけは何だったのでしょうか?
至学館の監督と一緒にご飯に行く機会があって、その時に「俺は退任するけど、お前だったら任せられる」と言っていただいたんです。
それがすごく大きくて、実際に現場を知っている人にそう言ってもらえたことが本当に嬉しかったですし、「動き出してみたい」と気持ちが固まりました。
Q:至学館という場所に特別な思い入れもあったのでしょうか?
はい。母校の至学館以外の学校はあまり考えていなかったです。
今はレスリング全盛期だった頃の至学館と比べると、レベルが少し落ちているのが現実なので、もう一度母校を盛り返したいという気持ちが強くあります。
|松阪市役所での経験が私のコミュニケーション力を育ててくれた

Q:松阪市役所に入所した時のことを教えてください。
引退を考えていた頃に、母から採用試験があるということを聞きました。
現役時代は地元のみなさんにはたくさん応援していただき、支えになっていただいたので、本当に感謝しています。
これは地元に恩返しができるチャンスだと思い、採用試験を受けさせていただきました。
ありがたいことに中途採用で入所できることになり、最初に数日間の研修を受けましたのですが、その研修でグループワークがあり、みんなの前で自分の意見を話すという場面があって、もともと人前で話すことが得意ではない私は正直かなり戸惑いました(笑)
たとえば「道を聞かれた時にどう答えるか」など実際に起こりうる状況を想定して、それにどう対応するか自分の意見を発表する時はすごく緊張しました。
それまでまったく経験したことがなかったので、「大丈夫かな? 私にできるかな?」と本当に不安で心配でした。
Q:電話対応が特に苦手だったとお聞きしましたが?
はい。もう本当に一番苦手でした(笑)
もともとプライベートでも電話が得意ではなくて、誰かにかける時はメモをとってからでないと無理なくらいで…
業務の一環なので電話を取るということは当たり前なのですが、心の中ではできれば避けたいと思っていました(笑)
Q:それをどうやって克服していったのでしょうか?
最初はとにかく周りの先輩方のやり方を見て学びました。
喋り方とか窓口対応の仕方とか「素敵な対応だな」と思うところを、自分なりに真似するように心がけました。
実際にやってみることで少しずつ慣れていき、最終的にはだいぶ自然に対応できるようになったと思います。
多い時は1日に10回くらい電話を取ることもありましたが、ちゃんとこなせるようになっていて「慣れってすごいな」と実感しました。
Q:ご自身中で一番成長したと感じるのはどんなところですか?
コミュニケーション力ですね。
市役所では本当にいろんな人と関わる機会があって、最初は戸惑いもありました。
もともと私はあまり社交的なタイプではないので、仲の良い人以外には少し心を閉ざしてしまうところがあったんです。
でも、いろんな人と関わりあう中で、だんだんと心を開けるようになって、楽しく会話できるようになりました。
前よりもずっとコミュニケーションが取れるようになったなと感じています。
Q:市役所での経験を振り返って、今どんなことを感じていますか?
社会人として様々な経験をさせてもらえたので、本当によかったと思っています。
このまま何も経験せずにすぐにコーチになっていたら…きっと、私は人より何もできないままだったと思うんです。
業務の中には苦手なこともあったけれど、だからこそ挑戦できてよかったと思えるし、自信を持てるようになった部分もあります。
市役所での経験は2年間と短いものではありますが、私にとってはすごく大きな糧になっています。
|指導者としての一歩を踏み出して

Q:現在、指導を始めてどのくらい経ちましたか?
4月から本格的に指導に入り始めたので、今でちょうど3ヶ月くらいですね。
まだまだ模索しながらですが、少しずつ選手との関係性や自分の立ち位置も見えてきたところかなと感じています。
Q:指導体制について教えてください。
コーチ3人と監督で指導をしています。その中で、私が唯一の女性コーチです。
練習中はなるべく全体を見られるように心がけているのですが、やっぱりなかなか難しいですね。
なので、なるべく偏らないようにどの選手にも声をかけるように意識しています。
Q:具体的な役割分担はあるのでしょうか?
はい。私は現役時代、重量級でやってきたので、できるだけ重量級の選手をメインで見るようにしています。
他のコーチは軽量級を中心に見たりと、お互いの経験を活かしてうまく分担しながらやっています。
|今の時代に合った指導を求めて

Q:指導をする中で時代の変化を感じることはありますか?
ありますね。今の子たちは、少し指導を厳しくすると泣いてしまったり、すねてしまう子もいるんです。
私の現役時代は厳しい指導が当たり前だったので、そういう反応は考えられなかったのですが、今はそれが普通になってきているのかなと。
選手自身から「ここがちょっと痛いんで練習抜けます」と言われることもあるのですが、そういう痛みも我慢してきた私からすると「もっと他にもできることがあるんじゃないかな?」と思ってしまうこともあります。今の時代には合わないですが(笑)
Q:そんな時代の変化の中で、どのような指導を心がけていますか?
それでも厳しい練習メニューは出します。
やっぱり強くなるには必要不可欠だと思うし、やらないと勝てないですから。
その上で、選手たちのモチベーションが下がらないように気をつけながら、「きついけどみんなで頑張ろう」「一緒にみんなで乗り越えよう」というような、全体が盛り上がるような雰囲気をつくるように心がけています。
技術面では、細かいところまで妥協せず見るようにしています。
たとえば懸垂にしても、肘の使い方ひとつで全然違うんですよ。
そのあたりをなんとなく形だけやるのではなく、いかに意識してやり続けられたか、ということが次に繋がります。
なので私は、「今から身につけておいた方がいいよ」とただ言うだけではなく、選手自身にしっかり納得してもらえるような伝え方を意識しています。
Q:問題行動が起こる場合もあると思いますが、そういう時の対応はどうしていますか?
たとえば寝坊して遅刻した選手がいた場合、頭ごなしに叱るのではなく、まずはなぜ遅刻をしてしまったのか理由を聞くようにしています。
それから「どうしたら直せると思う?」と選手自身に考えてもらうようにしてるんです。
私は「それならもう少し早く寝たらどうかな」とか「目覚ましを起きたい時間の何分か前にセットするとか工夫するのはどうかな」など、一緒に改善策を見つけていくような感じですね。
Q:褒めることと叱ることのバランスはどうしていますか?
いいところがあったら、めちゃくちゃ褒めます!
「タックルからの流れは完璧だから、そこからポイントを取るまでの処理を磨けばもっと強くなれるよ」など選手ごとの良いところを見逃さず、「飴とムチ」のバランスを取るように心がけています。
私自身は小さい頃から8割ぐらい叱られてばかりの選手生活でしたが(笑)
それでも良い練習や良い試合をした時はちゃんと褒めてもらえて、それがすごく嬉しかったんですよね。
なので私も、褒めることで選手たちのモチベーションを高めたいと思ってます。
Q:社会人経験が今の指導に活かされていると感じる場面はありますか?
すごくあります。
たとえば挨拶や返事、時間を守ること。選手の中には、普通に寝坊してきたり、挨拶ができなかったりする子もいます。
私たちの時代は、とにかく監督が怖かったのでそういうことは考えられなかったのですが(笑)今は違いますよね。
こういう時に市役所での社会人経験が役立っていて「社会に出たらそれじゃ通用しないよ」「今のうちに直しておこう」ということが伝えられる。
それがすごく大きいなと思っています。
Q:技術指導だけでなく食事についても指導されているとか?
はい。高校生の食事も見てあげています。
中には「え、それだけ?」と思うような子もいて、野菜だけ食べて終わりとか、小さいお茶碗にちょこっとだけご飯とか…。
選手たちの筋肉は日々のハードな練習でダメージを受けているので、食事で修復する必要があるんです。
翌日の練習でもしっかり力を出すためにも、怪我予防のためにも、バランスの取れた食事はとても大切なんですよね。
なので、「ちゃんとバランスを考えようね」とアドバイスしています。
|世界で通用する選手を育てるために

Q:どんな選手を育てていきたいと考えていますか?
一番は「素直な選手」です。
私の尊敬する吉田栄勝先生が「素直じゃないと人は絶対に強くなれない」とおっしゃっていて、それがずっと心に残っています。
アドバイスを「ふーん」と聞き流してしまうような選手は、やっぱり強くなれない。
厳しいことを言われたとしても、しっかり受け入れて、飲み込んで実行できる、そういう素直さを持った選手を育てていきたいと思っています。
Q:技術的にはどんな点を大切にしていますか?
基本の徹底です。
「足はここ」「ここが1センチでもずれたら技じゃない」というような細かい部分を、とことん突き詰めて教えたいと思っています。
私自身、現役時代にそういう“しつこい”指導をしてもらってきたからこそ、世界で戦えたと思っているので、今の選手たちにも妥協せずに伝えたいと思っています。
Q:実際に成長を感じた選手のエピソードはありますか?
卒業生が練習に来てくれることがあるのですが、その時に私が指導している高校生を見て、「前回よりも強くなってる!」「前回と全然違う!」と言ってもらえた時ですね。
最初はただ勢いだけでタックルに入っていたような選手が、基本の形でしっかり入れるようになっていたり、私が”しつこく”言い続けていたことがちゃんと伝わっているんだなと実感できて本当に嬉しかったです。
Q:チームづくりにおいて、目標としていることはありますか?
そうですね。
私の現役時代には、吉田沙保里さんや登坂絵莉さんのようなムードメーカー的な存在がいて、自然と声が出てみんなでチーム全体を高めあえるような雰囲気がありました。
でも今は、なかなかそういう選手が少ないんです。
練習の時に全然声が出なくて、ものすごく暗ーい雰囲気になってしまう時もあったり(笑)
だからこそ、あの頃のように、みんなで声を掛け合いながら刺激し合って、みんなで高めあえるチームを作りたい!というのが目標です。
Q:ご自身の経験をどう指導に活かしていますか?
たとえばロープが登れないという選手が結構いるのですが、練習が終わるとすぐ帰ってしまうことも多くて。
私たちの時代は「練習が終わったあとに10本ロープを登ってから帰る」などルールを決めてやったりもしていました。
その少しの意識の差が今後に活きてくると思うので「私たちの時はこういうこともやっていたよ」と実際にやってきたことを伝えるようにしています。
自分の経験を伝えることが恩師の教えの伝承にも繋がると思っています。
Q:指導者としてどんなことが強みになっていると思いますか?
国内外の大会で実績を残せたことは私にとって大きな強みになっていると思います。
その中でもやっぱり、オリンピックを2回経験できたことは大きいですね。
オリンピックで金メダルを取れたからこそ自信を持って伝えられることがあるし、「本当にこの練習が必要なんだよ」という説得力にもなると思っています。
|「ついていきたい」と思われる指導者に

Q:指導者として理想の関わり方は?
できれば、選手たちと一緒に体を動かしていきたいですね。
打ち込みやスパーリングもそうですが、朝のランニングも一緒に走って、見守っているだけでなく、私が先頭に立って、選手たちに安心してついてきてもらえるような存在でありたいと思っています。
Q:もしかして今後、ご自身がまた試合に出ることもあるのでしょうか?
可能性は…ゼロではないかもしれません(笑)
心境的には、絶対に無理という感じでは全然なくて。
練習する機会が圧倒的に増えたので、選手の相手をする中で、現役の時のような感覚を取り戻せたらあり得るのかなとか考えることもあります。
Q:レスリングの指導だけでなく、普及活動への思いも強いそうですね。
はい。私が表に出ることで少しでもレスリングという競技が注目されて、そこから少しでもたくさんの人に興味を持ってもらえたら嬉しいですね。
競技の魅力をより多くの人に伝えていけたらいいなと思っています。
Q:土性沙羅が目指す「理想の指導者」とは?
一人ひとりにしっかり寄り添える指導者になりたいです。
見放すことは簡単ですが、それをしてしまったらそこで終わってしまうので。
できる限り一人ひとりとしっかり向き合って、心に寄り添いながら、その上で厳しくする時はガツンと厳しく、褒める時はめちゃくちゃ褒める。
オンとオフのメリハリをつけて、私が受けてきた指導とは違う形も取り入れながら、世界で戦える強い選手を育てていきたいなと思っています。
Q:最後に、松阪市ブランド大使の活動とその両立について聞かせてください。
地元松阪市のブランド大使として活動できることはとても名誉なことだと思っています。
松阪市のためにみなさんにお知らせできることは、積極的にSNSなどで発信していきたいですし、それが少しでも貢献に繋がれば嬉しいです。
その一方で、松阪市ブランド大使の名を汚さないよう、より一層身を引きしめないといけないという気持ちも強くなりました。
指導者として、松阪市ブランド大使として、そして人として、自分の立ち振る舞いには気を付けていきたいと思っています。
