2025年12月26日

「のびのびと、スポーツを好きでいてほしい」一般社団法人スマイルコンパスが描く未来

登坂 絵莉

勝つ喜びも、負ける悔しさも、そのどちらもスポーツの大切な一部。

けれど、登坂絵莉が本当に心に残してきたのは、挑戦を続ける中で芽生えた「できた」という確かな手応えや、仲間と支え合った温かな時間だった。


「スポーツは本来楽しむもの」


未来の子どもたちへ、そのあるべき姿を伝えたい。

その強い想いを胸に、登坂は一般社団法人スマイルコンパスを立ち上げた。



勝敗を超えて─登坂絵莉がスマイルコンパスに込めた想い



「小さい頃から私は、とにかく勝ち負けが大好きでした」


登坂は、自身の子ども時代をそう振り返る。
勝てば嬉しい、負ければ悔しい。その勝負の世界を楽しみながら、レスリングをやり続けてきた。


しかし、8歳でレスリングを始めてから約20年。オリンピックという夢に向かって走り続けた競技人生をあらためて振り返ると、そこに残ったのは、単なる勝敗の記録だけではなかった。


できなかった技が繰り返しの練習の中で、少しずつできるようになっていく感覚。
苦しい合宿や厳しいトレーニングを、仲間と支え合いながら乗り越えていく時間。


「勝ち負け以上に、できないことができるようになることや、仲間と一緒に頑張ること。そういうことの大切さを感じながら、私はレスリングをやってきたんだと気付きました」


競技を引退してからは、様々なイベントに関わってきたが、対象となるのは決まって健常児だった。


「私はすべての子どもたちに、スポーツの価値や自分が感じている想いを伝えたいと思っていましたが、なかなか障がいを持つ子どもたちとは関われる機会がなくて。だったら、自分から会いに行こう、機会がないなら自分で作ろうと思い立ちました」


登坂がスマイルコンパスを立ち上げた背景には、障がいを持つ子供たちや児童養護施設の子どもたちなど、スポーツに触れる機会の少ない子どもたちに向けて、スポーツの価値を伝える活動がしたいという想いがあった。


スマイルコンパスの理念にある「本来スポーツは楽しむもの」という言葉には、登坂の想いが詰まっている。


そして、「勝つか負けるかだけでなく、のびのびとスポーツに向き合える環境があったからこそ、辛く苦しい鍛錬の日々も乗り越えて、それがいつしか世界の舞台に立てる強さにつながった」 という言葉は、まさに登坂自らの体験そのものである。



「よく頑張った」父の言葉が育てた世界へつながる強さ



登坂のスポーツの価値観の根底には、レスリングを始めた時からコーチのような立場で支えてきてくれた父の存在がある。

試合で勝っても負けても、父の元に戻ると最初にかけられる言葉はいつも同じだった。


「よく頑張った!」


勝敗に関係なく、まずはその努力を認めてくれる。
その一言が、登坂にとってどれほど大きな安心感になっていたか、今になってより強く実感するという。


当時は、負けたら怒鳴られる、殴られるといった指導が当たり前のようにされていた。

今でこそ行きすぎた指導とされているが、それがまだ許されていた時代だった。
そんな空気に対して、子どもながらに強い疑問を抱いていたという。


だが、父は決して登坂を追い詰めることはしなかった。
失敗や挑戦を頭ごなしに否定するのではなく、よく頑張ったと必ず褒めてくれる存在だった。


「父がいてくれたおかげで、失敗したり挑戦することが怖くなかったんです。一緒に話し合いながら、のびのびと戦わせてもらったなと思います。そして、そういう環境が世界に通用する強さにつながったのかなと感じています」


自分自身がそうであったように、子どもたちがのびのびと純粋にスポーツを楽しみ、その経験がより豊かな人生に繋がるような機会を作っていきたいと登坂は語る。



登坂絵莉と岩渕真奈、二人に共通する原体験



スマイルコンパスは現在、登坂と元なでしこジャパンの岩渕真奈が理事として活動している。


二人が出会ったのは、現役時代のリハビリの場。

ケガに苦しみながらも復帰を目指すアスリート同士として、お互いを励まし合う中で自然と仲良くなっていった。


引退後、登坂が「子どもたちに向けて、スポーツの本来の楽しさを伝える活動をしたい」と、スマイルコンパスにつながる構想をちらりと話したとき、岩渕はすぐに賛同してくれた。


「そういう活動を、私も一緒にやりたい」


スポーツに対して登坂と岩渕は同じ価値観を持っているという。

その背景には、のびのびと競技に打ち込める環境で育ってきたという原体験があった。


岩渕の両親は、サッカーが好きという岩渕の気持ちを何よりも尊重し、ずっとサポートしてくれる存在だった。


娘が好きなサッカーを一生懸命にやっている。その姿を親として純粋に応援したい。

両親のそのスタンスのおかげで、嫌な思いや負けたらどうしようと怯えることなく、楽しくのびのびとサッカーに打ち込むことができたという。


そういう環境で育ってきた二人だからこそ、意気投合し歩みを共にすることができた。

・これまでも、今現在も、スポーツが大好きだということ

・幼少期から褒められて伸びてきたということ


スマイルコンパスの理念であるこの二文は、登坂と岩渕の人生に共通していることだ。



子どもたちが“好き”を失わないために必要なのは長期的視点



近年のジュニアスポーツを見つめる中で、危機感を感じることもあるという。


暴言や体罰など、子どものスポーツ現場での行きすぎた指導が社会問題となる中で、大きな問題として感じているのが早熟だ。
子どもの頃から勝つために過度な減量をしたり、身体的な無理を強いられながら競技に取り組んでいるという現状がある。


勝利にこだわるあまり、スポーツそのものを楽しめなくなってしまうケースも少なくない。

行き過ぎた勝利至上主義が要因となって、柔道では小学生の全国大会が廃止されるということが現実に起きているのだ。


子どもたちが勝ちたいと思う気持ち、保護者や指導者が勝たせてあげたいと願う気持ちは、痛いほどわかる。
しかし登坂はこう続ける。


「競技人生って本当にものすごく長いんです。今勝ったからといって、それが必ずオリンピックにつながるわけではない。だからこそ、長期的な視点を持って、子どもたちと関わっていってほしいという想いがあります」


生涯にわたりスポーツを通して人生を豊かにしてほしい、というスマイルコンパスの願いは、短期的な勝利よりも、子どもたちがスポーツと長く付き合い続けられることを何より重んじる姿勢から生まれている。


そしてもう一つ、登坂には大切にしている原体験がある。


憧れの吉田沙保里さんと一緒に練習した経験だ。
子どもの頃のその経験があったからこそ、大きな夢を描くことができたと登坂は語る。


今度は自身が世界の舞台で得た経験を直接伝えることで、子どもたちの未来にプラスの影響をもたらす存在になりたいと考えているという。


スポーツには、「する」「見る」「支える」というさまざまな関わり方がある。

スマイルコンパスは、そのすべてを巻き込みながら、子どもたちの未来のために精力的に活動している。

そして、この活動が子どもたちにとって将来の夢や新たな目標に向かうコンパスになれることを願っている。



▼ホームページ
一般社団法人スマイルコンパス