2026年5月27日

決めないという強さ~出口クリスタの自己調整論

出口 クリスタ


ルーティンを持つトップアスリートも多くいる中で、出口クリスタ(日本生命)はあえてそれを持たない。

決めすぎないことで、状況に応じて動ける余白を残す。

その柔軟さの裏には、自らの状態を見極める確かな視点がある。

“ルーティンは作らない”―大事にしたいのは感覚

ルーティンを作るかという問いに対し、クリスタははっきりとこう答える。


「ルーティンは作らないですね。それができなかった時に不安になるのが嫌なんです。正直めんどくさい部分もあるし、あれやって、これやってって、試合前に色々やるのが、私には向いてないんですよね」


大事にしたいのは、型ではなく感覚。


「まず会場に着いたら、その場の雰囲気とか、その時に感じる自分の感覚を大事にしたいんです。だから、気分によってやることが変わるんですよ。同じ音楽をずっと聴き続ける時もあったし、逆に全く音楽を聞かずに、会場の歓声とかその場のリアルな音を聞いていることもあった。ルーティンは私にとって、“自分を縛り付けてしまうもの”という感じがしてしまうんです」


とはいえ、完全に無秩序ではない。
“強いて言えば”と挙げるのは、絶対に遂行できるものだけだ。


「試合の前に大声で叫ぶ、畳に入る前に足の裏を拭く、畳に立った時に1回屈伸をする、これはいつもやりますね。絶対にできることなんで。ほかは本当に何もしない。あとは、自分を信じて、自信を持って戦うだけです」


それは、試合が予定通りに進まないことも想定しているからだという。

「当日の試合の進行状況で、自分の試合時間が早まることもあるんです。まず会場に入ったら、いつでも試合にいけるようにしておくことが、戦いの場に立つ者として大切なことかなと思います。昔から“なるようになる”のマインドで生きている部分もあるし、本番が始まったらあれこれ考えない。その分、臨機応変に対応するのは上手い方だと思いますね」

“心と体を逆に使う”―状態別の調整法

クリスタの調整法は、その時の心の状態を見て、体には逆の指示を出す。


「気持ちが興奮気味な時は、前のめりになって勝ち急いでしまうので、体はなるべく動かさないようにして落ち着かせます。逆に、気持ちがダウン気味な時は、意識的に体を動かさないと戦えないので、多めにウォーミングアップをします。心と体を逆に使う感じですね」


ただし、気を付けなければならないこともあると話す。


「自分自身を鼓舞するために、ウォーミングアップをやりすぎちゃう人もいるんですよ。準備しすぎて、肝心の試合で疲れてしまうこともあるので、自分に合った調整を知ることが大事だと思います」


そして、その適切なラインを見極めるのは簡単ではないという。


「どれぐらいやれば心が落ち着いて、スタミナや体調面で余力を取っておけるかというのは、ある程度経験を積まないと難しいと思う。特に子どもの場合は、自分ではわからないことが多いので、指導者が上手く調整して、ベースを作ってあげることも大事だと思います」


そう話すのには、自身の中学生時代の経験があった。


「中学生の時、体調の良し悪しに関係なく、めちゃくちゃウォーミングアップをさせられたんですよ。とにかく汗をかいていないと怒られる。先生の目を盗んで、おでこに水をつけてる人もいましたからね(笑)人によって体力も、その日の体調も違うし、今思うとちょっと理不尽だったなとは思います」


しかし、その経験はのちのち役に立ったという。


「中学時代の経験があったから、あれは私にはやりすぎだったと気付くことができた。だから、ウォーミングアップを全くしなかった時期もあるんです。どちらもやってみて、今はいいバランスのところを見つけられたので、自分で調整するためのベースになる部分を考えるいい経験だったと思います」


そうやって自分の感覚を積み重ねていくうちに、その日のコンディションに合わせて調整することの大切さにも気付いたという。


「やっぱりその時の体調にも左右されるので、調子が悪い状態の中で発揮できる最大出力もある。それがどれくらいなのかということがわかれば、より幅を持った調整ができるようになってくると思います」

“正解は一つじゃない”―自分の現在地を知る

だからこそ、やり方に絶対的な正解はない。


「ルーティンがあった方が上手くいく人もいるし、上手くいかない人もいる。まずは自分に合うやり方を見つけることが大事ですね。あとは、自分の現時点の限界値をまず理解しているということ。たとえば、ベストを尽くせなかったと悔やんでいる選手がいて、実力以上の目標設定をしていたら、それはできるはずがない。自分の能力を超えるレベルを頭に入れてしまっている時点で、悩んでいてもしかたないので、今の自分の実力を把握することは大事ですね」


その現在地の把握が、自分がどこを目指すかという発想にもつながっていく。


「結果だけじゃなくて、試合の中で自分が何を目標にしているかも大事だと思います。仮に、練習している技を試合で出したいというのが目標で、その技が出せたら、その選手にとってはベストを出せたということになる。勝つことだけが全てではないし、今の自分にとってのベストが何なのか。もしその試合では目標に届かなかったとしても、“どれだけ近づけたか”という部分でも次につながる。結局一番大事なのは、自分自身を知ることなのかなと思います」


決めないという選択は、無秩序ではない。
その日の自分を知り、その日の自分で戦うための準備だ。

そして、それは自分自身を信じる覚悟でもある。