2026年1月9日

「世界が欲しがる、日本の柔道」各国を回った柔道教室で見えたもの

出口 クリスタ

パリオリンピック後、出口クリスタ(日本生命所属)はイタリア、カナダ、アメリカなど、様々な国で柔道教室を行った。


子どもから指導者まで、幅広い層と向き合う中で見えてきたのは、基礎への理解の差、ルールによる文化の違い、そして海外が日本の柔道に寄せる強い期待だった。



言葉の壁より大きい「基礎の差」



最初に足を運んだのは、2024年12月末のイタリア。


クリスマスが終わり、正月を迎えるタイミングでキャンプが行われた。

開催地が国境付近ということもあり、イタリアだけでなく、他国からも子どもから大人まで、幅広い層が集まったという。


人数が多かったため、他の講師と役割分担をしながら、1日でセッションを2つ、3つに分け、実戦稽古も交えた教室を午前と午後で実施した。


続く2025年1月にはカナダで、5日~16日の期間で柔道教室を行った。


どこの国も、教室の内容については特に要望はなく、招いた講師に任せるスタンス。

それは、その講師の得意分野を教えてほしいと考えているからだという。


「好きにやっていいよって言われるので、午前は寝技、午後は立ち技という感じにしたり、技だけじゃなく組み手など、技術の部分を入れてみたり。あとは、体操とかウォーミングアップもできればっていう感じで、本当に自由です」


言語は基本的に英語。

英語圏ではない国でも、誰かしら英語を話せるスタッフがいるため、特に困ることはないという。


しかし、柔道技の名前は日本語で統一されているわけではなく、例えば、カナダでは体落をタイオと言い、本来の日本語名が省略された形になっていたり、英語と崩れた日本語が混ざっていたりするため、対応に少し困ることがあるとクリスタは話す。


その対策として、実際に技を見せ「これがタイオで体落」というように、現地の言葉と日本語の両方で伝えられるようにしているという。


そして、教える中で言葉以上に苦労するのは、基礎力の差だとクリスタは語る。


「日本の選手は、基礎がしっかり身についているので、手取り足取り事細かに説明しなくてもこちらの言いたいことが伝わります。でも、海外の選手はあまり基礎が身についていないので、その技を教えるところまでたどり着けないことも多い。なので、こうなったらこうして、その次にこうして…と、すごく細かく分解して説明するようにしています」


海外では基礎を徹底して学ぶというよりも、応用技から入ってしまうケースが多く、技そのものを見よう見まねで覚える傾向にあるという。


そのため、相手の体がどう動いているかなど、基礎的なことが理解できず、つまずいてしまう選手が多く、より丁寧な説明が必要とされるのだ。


さらに、国によって少年柔道のルールに大きな違いがあることも影響があるという。


「日本では安全面を重視して、奥襟禁止、両袖禁止、両膝をつかないとか、いろいろ明確なルールが決められています。でも、海外では国によっても違うし、そもそものルール自体が曖昧なことも多いんです」


例えば、奥襟が禁止されていない国の小学生は、奥襟ばかりを持ち、日本であれば中高生がやるような技をやっているという。

そのため、クリスタが前襟の技を教えようとすると、基本的な釣り手の使い方がわからないというケースが多発する。


「日本なら誰もが教わる、基本中の基本という柔道ができない子が多すぎて、そこが大変です。日本では前襟の掴む位置が高すぎるとか低すぎるとかだけど、海外はまず前襟はここを持つんだよ、というところから始まるんですよね(笑)」



海外指導者が抱える課題。なぜ基礎が広がらないのか




海外で基礎が雑になってしまう理由をクリスタはこう分析する。


「半分は指導者自身が基礎を教えられない。もう半分は、選手が基礎をやりたがらないから教えない。どちらもあると思います」


トップの域にたどり着いた海外選手の多くは、基礎を教わらずともレベルアップを目指し試行錯誤する中で、結果的に基礎に近い動きを身につけている。

それゆえ、教える立場になったとしても、基礎的な体の動き方を理解した上での指導ができるという。

しかし、選手時代にそのレベルに到達できた指導者は少なく、大多数は基礎を教えることができないというのが現状だ。


「海外で柔道教室を開くと、指導者の方たちも一緒に参加してくれるんです。普段が単発の技を真似して覚えるというやり方だから、応用ができないんです。だから、一緒に参加することで、新しい発見があるんだと思います」


逆に、指導者が基礎を教えられる環境でも、選手自身が基礎をやりたがらないという場合もあるという。


「やっぱり基礎って面白くないですからね(笑)子どもたちにとっては特に。日本では基礎の徹底が基本だし、指導が厳しいというのはよくあることですが、海外では自由度の高さから、あまり厳しい指導はしないし、強制もできません。だから、選手は自分がやりたい技ばかりやるようになってしまう」


基礎を重んじる日本と、そうではない海外。その違いが、柔道の土台づくりに大きな差を生んでいる。



日本柔道は「世界のブランド」海外が求める理由とその背景



海外からのオファーは、連盟、州、道場のオーナーなど多岐にわたり、日本の柔道への明確な期待があるという。


「海外の人からすると、日本の選手はブランドみたいなものなんですよ。海外にも強い選手はたくさんいますが、自分たちの柔道に限界を感じていて、新しい風を入れたいと思っているんだと思います」とクリスタは話す。


そして近年、海外柔道は確実にレベルを上げている。
その背景には、海外で教える日本人指導者が増えているという点も影響しているだろう。


日本では道場のコーチはボランティアが多いが、海外では協会や道場などがコーチを雇う。柔道を仕事として続けられる環境が整っているため、結果として、柔道レベルが底上げされている。

指導者が職業として確立されているという点は、日本との大きな違いだ。


「海外は自国の柔道に限界を感じているからこそ、日本の柔道を求めていると思います。日本人にとっては、海外の柔道が日本の柔道に近づいてくれるほうが戦いやすいので、それは悪いことではない。日本も海外も、柔道がより良いものになってほしいという気持ちは一緒だと思いますね」


強くなるために、柔道をより良くするために、という想いは国が違っても変わらない。


海外が日本の柔道を求め、日本が海外の柔道から刺激を受ける。
その循環が、世界の柔道を確実にアップデートさせている。