
本番で力を出せない人へ|プレッシャーに強くなる思考法5選
「練習ではできるのに、本番になると力を出し切れない」「大事な試合ほど身体が硬くなる」——そんな悩みを抱えていませんか。
プレッシャーに強くなる方法は、プレッシャーを完全になくすことではありません。大切なのは、プレッシャーを感じたときに自分の意識をどこへ向けるかを知っておくことです。
本記事では、レスリング五輪金メダリストの登坂絵莉さん・土性沙羅さん、柔道五輪金メダリストの出口クリスタさん、そして水泳でパリ五輪に出場し、アメリカ・カリフォルニア大学バークレー校で競技を続ける三井愛梨さんへの独自インタビューをもとに、プレッシャーに強くなるための思考法と日常でできる実践方法を紹介します。スポーツ心理の考え方も交えながら、試合本番で実力を発揮するためのヒントを整理しました。

この記事で紹介するアスリート
- 登坂絵莉(レスリング/2016年リオ五輪金メダリスト・スマイルコンパス理事長)
- 土性沙羅(レスリング/2016年リオ五輪金メダリスト・至学館大学コーチ)
- 出口クリスタ(柔道/2024年パリ五輪カナダ代表金メダリスト)
- 三井愛梨(水泳/2024年パリ五輪日本代表・カリフォルニア大学バークレー校)
※本記事はスポーツ心理学の一般的知見とトップアスリートの体験談を紹介するものであり、医療・心理療法上のアドバイスではありません。強い不安や心身の不調が続く場合は、医師・公認心理師・臨床心理士などの専門家への相談をおすすめします。
プレッシャーに強くなるには、まず正体を理解する

プレッシャーに強くなるための第一歩は、「プレッシャー=悪いもの」と決めつけないことです。ハイパフォーマンススポーツセンター(HPSC)のスポーツ心理の解説でも、試合で実力を発揮するには、自分のこころと身体を理解し、それに合わせた対処方法を身につけることが必要だとされています。ここでは、プレッシャーが生まれる理由と、トップ選手がそれをどう捉えているのかを見ていきましょう。
プレッシャーは「大切にしている証」でもある
プレッシャーを感じるのは、その試合や場面を大切だと感じているからです。勝ちたい、期待に応えたい、練習してきたことを出したい。そうした思いが強いほど、緊張や不安も生まれやすくなります。登坂さんは、格上の選手と当たる場面ほど、プレッシャーを「開き直り」に変えていました。
登坂 絵莉
「みんなが『強い選手とやりたくない』と言っている時から、私は『やりたい』といつも言っていました。負けてもともとだから、誰も勝つと思っていない試合ほど楽なものはない。好き放題暴れるだけです」
格上が相手でも「失うものはない」と捉え、普段なら出さない技も使い、「爪痕を残してやろう」「あわよくばどこかで勝つぞ」という気持ちで挑む。プレッシャーを感じる場面ほど、むしろ自由に動けるという捉え方です。まずは「プレッシャーを感じている=真剣に向き合えている」と考え直すことから始めてみましょう。
強すぎる緊張は、判断や動きを鈍らせることがある
適度な緊張は集中を高める一方で、緊張が強すぎると身体が硬くなったり、判断が遅れたりすることがあります。大切なのは、プレッシャーを「消す」ことではなく、自分にとって動きやすい状態に近づけることです。引退後にメディア出演も増えた出口さんは、場面によって必要な緊張感が違うと語ります。
出口 クリスタ
「柔道だったら緊張しない方が私はいいと思うんですけど、人前で喋るときは、ちょっと緊張してないと変なことを言いそうで。だから少しの緊張感はないとダメだなと思っています」
緊張やプレッシャーは、必ずしも悪いものではありません。競技、場面、性格によって「ちょうどいい緊張感」は変わります。自分は緊張が少ない方が動けるのか、少し緊張している方が集中できるのか。まずは自分の傾向を知っておくことが、プレッシャー対策の出発点になります。
プレッシャーに強くなる5つの思考法

プレッシャーに強くなるために必要なのは、特別な才能ではなく、プレッシャーがかかった時に使える「思考の型」を持っておくことです。ここでは、トップアスリート3名の実体験をもとに、「過程に集中する」「セルフトークを整える」「最悪を想定する」「自分でコントロールできることに集中する」「プレッシャーを味方にする」の5つを紹介します。
1. 結果ではなく「今やること」に集中する
「勝たなければ」「負けたらどうしよう」という結果への意識が強くなりすぎると、プレッシャーは大きくなります。反対に、「次の1プレー」「今の構え」「最初の一歩」のように、今できる行動へ意識を戻すと、余計な不安に引っ張られにくくなります。
実践のコツ
- 試合中は「次の1プレー」だけに集中する
- 勝ち負けだけでなく、自分のプレーの質で振り返る
- 練習から「今やること」を言葉にしてから動く
出口 クリスタ
「試合中、細かいことは考えてないんです。今、相手は疲れてるとか、戦術的なことは何も考えていない。とりあえず早く投げて早く終わらせる。それができないと感じたら、4分以内に試合を終わらせる——ただそれだけを考えていました」
考えすぎるとダメなタイプ、と語る出口さん。事前に相手の情報を頭に入れすぎると、その技ばかり警戒してしまうと気づき、研究は「右組か左組か」程度に留め、あとは畳の上で対応するスタイルにたどり着きました。情報や結果で頭をいっぱいにせず、目の前の一手に絞ることが、過程集中の第一歩です。
登坂 絵莉
「リオの決勝は、苦しい試合になっても、泥仕合になっても、最後に自分の手が上がっていればいい——ただそれだけを考えていました。決勝でかっこよく勝ちたいとも、大差で勝とうとも、一つも思っていなくて。苦しい戦いをして勝つ、という気持ちでいました」
身体の状態は決して良くなかったというリオ五輪決勝。それでも「最後に手が上がっていればいい」と意識を絞ったから動けた——登坂さんが語る、極限の過程集中のエピソードです。理想の勝ち方にこだわりすぎず、勝つために今必要なことへ戻る。この切り替えが、本番で力を出す土台になります。
2. セルフトークを整える
セルフトークとは、自分の中で自分にかけている言葉のことです。「どうせ無理だ」「また失敗する」という言葉が増えると、身体も消極的になりやすくなります。スポーツパフォーマンスにおけるセルフトーク技法の研究でも、セルフトークはスポーツ心理学で扱われる代表的な心理スキルの一つとして整理されています。
| プレッシャーが強くなる言葉 | 言い換え例 |
|---|---|
| 失敗したらどうしよう | これまでの練習を信じよう |
| 絶対に勝たなければ | まずは自分のベストを出そう |
| 絶対にミスできない | 次の1本に集中しよう |
土性 沙羅
「『私なら絶対に勝てる』『今までやってきたことをやれば負けない』——そんな自分を信じる言葉をかけていました。オリンピックや世界選手権など舞台が大きくなっても、自分にかける言葉はほとんど同じ。プラスして『これだけやってきた』『この舞台に立つためにやってきた』と、自分を奮い立たせる言葉を加えていましたね」
土性さんのセルフトークは、「大舞台用」と「普段用」を大きく分けないスタイルです。日常の練習で繰り返してきた言葉だからこそ、本番でも自然に出てくる。まずは、自分が前を向ける短い言葉を一つ決め、練習のときから使ってみましょう。
3. 「最悪のシナリオ」をあらかじめ考えておく
プレッシャーが強くなる原因の一つは、「失敗したらどうなるかわからない」という不確実性です。あらかじめ最悪の展開を想定し、それでも次にできることを考えておくと、本番で必要以上に慌てにくくなります。ただし、失敗を怖がるためではなく、「起きても対応できる」と確認するために行うのがポイントです。
出口 クリスタ
「競技人生を振り返って、最大の失敗ですか?……。本当に大きな失敗はないんです。高校の時に1回計量で失格したのは確かに失敗だったけど、それも経験。階級変更や戦い方の変化につながったので、結果的にはプラスになりました」
出口さんは「全部が自分の糧になった」と言い切ります。負けも勝ちも、計量失敗も、すべて過程として受け入れる。最悪の結果を想定しても、それが終わりではないと知っているからこそ、プレッシャーに押し潰されにくいのです。「もし失敗しても、それは次への材料になる」と先に決めておくと、不安は扱いやすくなります。
登坂 絵莉
「みんなが『強い選手とやりたくない』と言っている時から、私は『やりたい』と言っていました。負けてもともとだから、誰も勝つと思っていない試合ほど楽なものはない。普段ならかけないような飛び道具を使ったり、爪痕を残してやろう、あわよくばどこかで勝つぞ、と」
「負けてもともと」と考えることで、登坂さんは自由に動ける状態を作っていました。最悪を見つめることは、ネガティブになることではありません。むしろ、「それでも動ける」と確認することで、思い切りの良さを取り戻すための準備になります。
4. 自分でコントロールできることに集中する
審判、相手、会場の雰囲気、周囲の期待。これらは自分では完全にコントロールできません。そこに意識を向け続けるほど、プレッシャーは大きくなります。反対に、準備、姿勢、声かけ、次のプレーなど、自分で変えられることへ意識を戻すと、行動に移しやすくなります。
土性 沙羅
「私自身が産後に無理をして体に不調が出たので、選手にはあえて自分の弱さや失敗を伝えるようにしています。『私はこうだったから無理をしたらダメ。体が壊れたり怪我をしたら、どれだけ頑張っていてもマイナスになる』と」
土性さんは、自分の失敗談を反面教師として選手に伝えています。「コーチの言うことを聞け」ではなく、「私の失敗から学んでほしい」という伝え方です。自分の身体を守ること、必要な準備をすること、無理をしすぎないこと。そうした自分で選べる行動に目を向けることが、プレッシャーを扱えるものに変えていきます。
出口 クリスタ
「負けても『次の試合がある』と思っていた。57kg級はみんな実力が拮抗していて、誰が勝ってもおかしくない中で、負けたのは運が悪いだけかもしれない。それなら、終わったことだから次に。自分が常にベストでいられるように頑張る——ここだけが、自分でコントロールできることなので」
国際大会の試合数が多い環境では、1試合の結果に過度な意味づけをしないことも必要になります。出口さんは、コントロールできないことと、できることを切り分けていました。自分の力が及ぶ範囲に集中するほど、次の行動は明確になります。
5. プレッシャーを「味方」に変える
プレッシャーを「消さなければ」と考えるほど、プレッシャーそのものが気になってしまうことがあります。そこで役立つのが、プレッシャーの意味づけを変えることです。「緊張しているのは、それだけ大切な試合だから」「身体が反応しているのは、戦う準備をしているから」と捉え直すと、気持ちの向きが変わります。
土性 沙羅
「『練習であれだけやったんだから、自分を信じて、楽しんでおいで!』——選手にはそう声をかけます。緊張で頭の中でシミュレーションを繰り返している時は話しかけませんが、視界には入っているようにしています」
「楽しんでこい」という声かけは、プレッシャーを敵から味方に変える代表的な言葉です。土性さんは選手の状態を見極めて、声をかけるかどうかも調整しています。プレッシャーは消すものではなく、本人なりに受け止めて力に変えていくもの。言葉の置き換え一つでも、心の向きは変わります。
出口 クリスタ
「メディア出演でも、実はめちゃくちゃ緊張しているんですよ。だから多分、培ったんだと思います——虚勢を張るということを。不安な顔をするとその場に食われるので、なるべく見せないようにしている。これも練習なのかなと思う。人前に出る練習をすれば、このフィールドも大丈夫なのかなって」
緊張やプレッシャーを「ない」ように見せるのも一つの技術です。出口さんは現役時代から、緊張を表に出しすぎない方法を磨いてきました。プレッシャーをゼロにするのではなく、見せ方や受け止め方を変える。場数を踏むほど、この力も少しずつ育っていきます。
環境が変わってから、三井さんはプレッシャーの感じ方そのものが変わったといいます。UCバークレーのチームメイトの言葉の選び方が、その象徴です。
三井 愛梨
「チームメイトを見ていても、ネガティブなことを言っている人はあまり聞いたことがないんです。『今日も行こう!』という感じで、みんな緊張じゃなくて、『エキサイテッド(わくわくしている)』って言うんですよ」
同じ高ぶりを「緊張」と呼ぶか「エキサイテッド」と呼ぶか。ラベルを変えるだけで、プレッシャーは敵から味方に変わります。思考法②「セルフトークを整える」とも重なる、環境を越えた共通点です。
プレッシャーに強くなる日常トレーニング

思考法を知っていても、本番で急に使うのは難しいものです。日頃の練習からプレッシャーがかかる状況を少しずつ経験しておくことで、本番でも落ち着いて対応しやすくなります。ここでは、現役・指導の現場で実際に行われている3つの方法を紹介します。
練習で「本番に近い状況」を作る
練習中にあえてプレッシャーがかかる状況を作ると、本番への準備になります。人に見られる環境で練習する、タイムリミットを設ける、点差のある状態から始めるなど、競技に合わせた工夫ができます。
土性 沙羅
「レスリングは、ブザーが鳴る最後の1秒まで勝敗がひっくり返る競技です。練習では残り30秒や20秒で数ポイント負けている『絶体絶命のシチュエーション』を意図的に設定して、私たちコーチ陣が厳しく煽るような声かけをします。パニックになる状況でこそ、冷静かつ攻撃的に動ける『切り替え力』を養うんです」
練習で「もうダメかも」という状況を意図的に作る。そこで自分の闘争心に火をつけられる選手は、本番のプレッシャーにも対応しやすくなる——土性さんが指導の現場で実践していることです。普段から少しだけ負荷の高い状況に身を置くことが、本番での落ち着きにつながります。
イメージトレーニングを取り入れる
本番の場面をイメージし、その中で自分がどう動くかを想像しておく方法です。HPSCのメンタルトレーニング技法でも、イメージ技法は心理スキルの一つとして紹介されています。ただし、どのようにイメージするかは選手によって違います。
登坂 絵莉
「試合の前は、こういう試合をしようと考えるんですけど、実際は開始10秒ぐらいでタックルを取って、アンクルをかけて、テクニカルフォールで勝つんですよ(笑)。何のイメージトレーニングにもなっていない。私の場合は、超願望込みのイメージなので、みんなが思っているイメージトレーニングではないかもしれないですね」
登坂さんは、基本的に勝つイメージを強く持って本番へ向かっていました。一般的なメンタル理論と同じ形でなくても、本人にとって前向きになれるイメージなら意味があります。型どおりにやることより、自分が力を出しやすくなるイメージを見つけることが大切です。
小さな本番経験を積み上げる
プレッシャーのかかる場面を何度も経験することで、少しずつ慣れていきます。小さな大会、練習試合、人前での発表、チーム内の競争など、日常の中にも「本番に近い場面」はあります。そしてその土台になるのは、日々の地道な積み重ねです。
登坂 絵莉「いきなり強くなる」ことはない、と登坂さんは語ります。プレッシャー耐性も同じで、日々の積み重ねがあるから本番で動ける。経験を積むことと、一回一回を丁寧にやること。この両輪が、本番に強い自分をつくります。
試合前にできるプレッシャー対策チェックリスト
試合前は、難しいことを新しく始めるよりも、すでに練習してきたことへ戻る方が落ち着きやすくなります。ここでは、試合前に確認しやすい形で、プレッシャー対策をチェックリストにまとめました。
| 確認すること | 具体例 |
|---|---|
| 今やることを一つに絞る | 最初の1プレー、最初の入り方、最初の声出しを決める |
| 自分にかける言葉を決める | 「練習通り」「次の1本」「自分を信じる」など |
| 最悪の展開を想定する | 先制されても焦らない、ミスしても次のプレーへ戻る |
| コントロールできることを確認する | 呼吸、姿勢、準備、声かけ、目線 |
| 信頼できる人との距離感を決める | 話しかけてほしいのか、そっと見守ってほしいのかを共有する |
チェックリストは、完璧に埋めるためのものではありません。試合前に迷いそうな時、自分が戻る場所を作っておくためのものです。自分に合う項目だけを残し、競技や性格に合わせて調整してみてください。
よくある質問(FAQ)
プレッシャーへの向き合い方について、アスリートからよく寄せられる質問に回答します。実際に取り組むときに迷いやすいポイントなので、自分の状況に近いものから読んでみてください。
Q. プレッシャーに強い人と弱い人の違いは何ですか?
プレッシャーの感じ方には個人差がありますが、プレッシャーに強い人は「結果」だけでなく「今できる行動」に意識を戻す習慣を持っていることが多いです。緊張しない人が強いのではなく、緊張した時に戻れる考え方や行動を持っている人が、本番で崩れにくくなります。まずは本記事の5つの思考法から、取り入れやすいものを一つ試してみましょう。
Q. 試合直前にプレッシャーを感じたらどうすればいいですか?
まず「緊張している自分」を否定しないことです。「この試合を大切に思っているから緊張している」と受け止めたうえで、呼吸を整え、次にやる行動を一つだけ決めましょう。直前は新しいことをしようとせず、いつものルーティンや自分への声かけに戻るのがおすすめです。
Q. 周囲の期待がプレッシャーになる時、どう対処すればいいですか?
他人の期待は、自分では完全にコントロールできません。「期待に応えなければ」と考え続けるより、「自分が今できる準備をする」「目の前の1プレーに集中する」といった行動へ意識を戻しましょう。出口クリスタさんのように、「終わったことだから次に」と切り分ける思考も役立ちます。
Q. プレッシャー克服にメンタルトレーナーは必要ですか?
必ずしも必要ではありませんが、専門家のサポートがあると整理しやすくなる場合があります。まずは本記事で紹介した思考法を日々の練習で試し、それでも心身の不調が続く場合は、スポーツ心理の専門家や医療機関に相談してください。一人で抱え込まず、信頼できる指導者や仲間に話すことも大切です。
まとめ|プレッシャーは消すより、扱い方を身につける
プレッシャーに強くなるとは、プレッシャーを感じなくなることではありません。3名のトップアスリートが教えてくれるのは、プレッシャーとの付き合い方を変えることの重要性です。最後に、この記事のポイントをまとめます。
- プレッシャーは、大切な場面に向き合っているからこそ生まれる
- 結果ではなく「今やること」に集中すると、行動へ戻りやすい
- セルフトークを整えると、本番で自分を立て直しやすくなる
- 最悪の展開を想定しておくと、不確実性への不安を減らしやすい
- 自分でコントロールできることに集中することが、プレッシャー対策の基本になる
プレッシャーを味方につけたとき、あなたのパフォーマンスは変わります。今日の練習から、まずは一つの思考法を試すところから始めてみてください。その小さな積み重ねが、本番で実力を出し切る力になります。



