
試合前のルーティンとは?効果と作り方をトップアスリートの実例で解説
「試合前、何をすればいいかわからない」「他の選手のルーティンを真似してみたけど、しっくりこない」
そんな悩みを抱えていませんか。
トップアスリートの多くは、試合前に決まった行動を繰り返す「ルーティン」を持っています。しかし、ルーティンは誰かの真似ではなく、自分に合ったものを自分で作ることが大切です。さらに、「あえてルーティンを作らない」という選択をしているトップ選手もいます。
この記事では、ルーティンがなぜ効果的なのかというスポーツ心理学の考え方から、自分だけのルーティンを作る5つのステップ、そしてオリンピックや世界大会を経験したトップアスリートが実際に行っている準備(または「作らない」理由)、さらに環境が変わっても崩れないルーティンの考え方までを、アスツナ編集部の取材コメントを交えて解説します。読み終えるころには、次の試合に向けて「自分が今日から何をすればいいか」がはっきりするはずです。

この記事で紹介するアスリート
- 登坂絵莉(レスリング/2016年リオ五輪金メダリスト・スマイルコンパス代表理事)
- 土性沙羅(レスリング/2016年リオ五輪金メダリスト・至学館大学コーチ)
- 出口クリスタ(柔道/2024年パリ五輪カナダ代表金メダリスト)
- 三井愛梨(水泳/2024年パリ五輪日本代表・カリフォルニア大学バークレー校)
※本記事はスポーツ心理学の一般的知見とトップアスリートの体験談を紹介するものであり、医療・心理療法上のアドバイスではありません。強い不安や心身の不調が続く場合は、医師・公認心理師・臨床心理士などの専門家への相談をおすすめします。
そもそもルーティンとは?期待できる3つの効果

結論から言うと、試合前のルーティンは単なる「おまじない」ではなく、パフォーマンスを安定させるための心理的な準備法の一つです。プレパフォーマンスルーティンに関する研究や、スポーツ現場で用いられるメンタルトレーニングの実践では、試合前のルーティンは「心理的安定」「集中力の切り替え」「不安や迷いの軽減」に役立つ可能性があるとされています。
効果① 心理的安定
同じ行動を繰り返すことで、脳が「この状況は知っている」と判断し、安心感が生まれやすくなります。心理学的には、特定の行動を合図に心理状態を切り替える働きと説明できます。練習と同じ行動を本番前に行うことで、「練習のときの自分」を呼び起こすスイッチになるのです。
登坂 絵莉
「私は前日の計量後から始まっていました。計量が終わったら、ずっと減量していたので、温かいお味噌汁を飲んだり、ちょっとおかゆを食べてお腹を慣らして、夜ご飯は牛丼を食べに行く。それは決まっていて、近くの牛丼屋にいつも仲間と2人で行っていました。そこから寝る前にどん兵衛を食べて寝る——この流れが決まっていました」
「牛丼」「どん兵衛」と聞くと意外に思うかもしれません。しかしポイントは何を食べるかではなく、「いつも通りの順番」を守ること。決まった流れをなぞること自体が、登坂さんにとって脳をリラックスさせる安心の源になっていました。あなたも、特別なことではなく「いつもの自分に戻れる行動」を一つ見つけることから始めてみてください。
効果② 集中力のスイッチ
ルーティンは、日常モードから競技モードへの切り替えスイッチとして機能します。決まった手順を踏むことで、意識的に「今から試合だ」と自分に合図を送ることができます。登坂さんは、この切り替えに「音楽」を使っていました。
登坂 絵莉
「朝は西野カナさんの歌を20分。そこからthe pillowsの曲に切り替えてホテルを出る。the pillowsの曲はファニーバニー、カルベロ、マイフット、プロポーズ。オリンピックの時はそのリストの中に、Be wildも入れていきました。西野カナさんの曲はトリセツとか。超ゴリゴリの失恋ソングも朝から歌っていってましたね」
朝はリラックス系の西野カナさん、出発時にロック系のthe pillowsに切り替える——これが登坂さんの「日常→競技モード」のスイッチでした。曲のジャンルを使い分けるという方法は、特別な道具がなくても誰でも今日から応用できます。自分の気持ちが上がる曲と落ち着く曲を分けておくだけで、立派な集中スイッチになります。
効果③ 不安や迷いを減らす
「次に何をすればいいか」が明確になると、余計な迷いや不安に意識を奪われにくくなります。研究レビューでも、プレパフォーマンスルーティンは注意の切り替えや心理状態の調整に役立つ可能性があると整理されています。指導者として多くの選手を見てきた土性さんは、ルーティンに入っている選手への接し方に気を配っているといいます。
土性 沙羅
「選手が自分の世界に入り込んでいる時や、頭の中でシミュレーションを繰り返している時は話しかけないようにしますが、選手の視界には入っているようにします」
ルーティンに集中している選手を邪魔せず、それでも「見守っている」という存在は感じてもらう。土性さんの立ち位置は、選手が自分の準備に集中する時間を尊重するものです。読者のみなさんも、試合前は信頼できる人と「そっと見守ってもらう距離感」をあらかじめ共有しておくと、自分の世界に入りやすくなるでしょう。
試合前ルーティンの作り方|5ステップで自分だけの準備術を確立する

ルーティンは他人の真似ではなく、自分に合ったものを作ることが重要です。ここでは「目的を決める」「行動をリストアップする」「順番を固定する」「練習で試す」「振り返って調整する」の5ステップで、自分だけのルーティンを確立する方法を解説します。各ステップに3名のアスリートのリアルな実践を添えるので、自分に近いやり方を見つけてください。順番に進めれば、初めての人でも今日から作り始められます。
ステップ1|ルーティンの「目的」を決める
まず「ルーティンで何を得たいのか」を明確にします。目的が違えば、ルーティンの内容も変わるからです。
- 緊張を和らげてリラックスしたい
- 集中力を高めてゾーンに入りたい
- 自信を持って試合に臨みたい
- 身体をベストな状態に準備したい
「何となくやる」のではなく、明確な目的を持つことがルーティンの効果を高める第一歩です。一方で、目的の設定として「あえて固定しない」という選択もあります。柔道の出口クリスタさんは、その代表例です。
出口 クリスタ
「元々そんなにルーティンがあるタイプじゃないんですよ。あるとしたら、決まったタオルを持っていくとか、それぐらい。ルーティンを決めると逆に縛られる感じがして。何が起きるかわからない競技だからこそ、ルーティンがない方が私には合ってたんだと思う」
「ルーティンを作らない」という目的設定もアリだということです。出口さんは「縛られたくない」という自分の特性に正直に向き合い、あえて固定しない選択をしました。つまり目的の出発点は「自分はどういうタイプか」という自己理解にあります。まずは自分が「決まっていると安心するタイプ」か、「縛られると窮屈に感じるタイプ」かを考えてみましょう。
ステップ2|行動をリストアップする
試合前に「自分が落ち着く行動」「調子が上がる行動」を書き出します。次のカテゴリーを参考にすると、抜け漏れなく洗い出せます。
| カテゴリー | 行動の例 |
|---|---|
| 身体系 | ストレッチ、ウォーミングアップ、特定のエクササイズ |
| 呼吸・メンタル系 | 深呼吸、イメージトレーニング、瞑想 |
| 感覚系 | 特定の音楽を聴く、香りを嗅ぐ、用具に触れる |
| 確認系 | 目標を声に出す、チェックリストを見る |
| 環境系 | 特定の場所で準備、荷物の並べ方を決める |
選ぶ数は、まずは3〜5個を目安にすると始めやすいでしょう。多すぎると続けにくく、少なすぎると「自分の準備」として定着しにくい場合があります。登坂さんのルーティンも、カテゴリーをまたいでコンパクトに組み立てられていました。
登坂 絵莉
「計量後、まず牛乳を飲んでいました。胃に膜を張るみたいな話を聞いたことがあって。朝は起きたらオレンジジュースとおにぎりとお味噌汁。おにぎりの具は昆布です。これを順に行ってから音楽の時間に入っていました」
「飲み物→食べ物→音楽」とカテゴリーを横断しながら、全体は5つ前後に収まっているのが特徴です。あれもこれもと足すのではなく、自分が本当に落ち着く行動だけを選び抜く。これがリストアップのコツです。書き出したら、まずは数を絞ることを意識してみてください。
ステップ3|順番を固定する
リストアップした行動を「毎回同じ順番」で行うように固定します。順番を決めるときは、次の3つのコツが役立ちます。
- 大きい動き→小さい動きの順に並べる(例:ストレッチ→呼吸→セルフトーク)
- リラックス系→集中系の流れを作る
- 全体で10〜20分以内に収まるように調整する
土性さんの直前ルーティンは、たった一つの動作に集約されていました。シンプルでも、それが「スイッチ」として機能すれば十分だという好例です。
土性 沙羅
「マットにあがったら、必ず股割りをして気合いを入れていました」
重要なのは、順番自体に正解はないということ。大切なのは「自分がしっくりくる流れ」を見つけることです。最後を「マットにあがって股割り」のような決め技にしておくと、その動作が試合開始の合図になります。自分にとっての「最後のひと押し」になる行動を、流れの締めに置いてみましょう。
ステップ4|練習から本番と同じルーティンを実行する
ルーティンは「試合のときだけやる」では定着しにくいものです。練習のときから同じルーティンを行うことで、身体に馴染み、本番でも自然に再現しやすくなります。実践のポイントは次の3つです。
- 練習試合や紅白戦でも同じルーティンを行う
- まずは2週間ほど試して「身体に馴染むか」を確認する
- 最初は意識的に、徐々に無意識にできるようになるのを目指す
登坂さんがルーティンを精度高く積み上げられた背景には、日々の練習で「正確に丁寧に繰り返す」という父からの教えがありました。
登坂 絵莉
「父の影響は大きいかもしれないですね。本当に一つ一つ、腕立て伏せなら腕の角度だったり、人よりも正確に丁寧にやるとずっと言われてきました。言われた通りにちゃんとやれば勝てるという成功体験もあったから、より続けることができたかなと思います」
また、コーチの土性さんは「本番で起きる流れ」を練習の中にあらかじめ組み込む工夫をしています。ルーティンを身体に馴染ませるという考え方は、試合前の数分間だけでなく、日々の練習設計にも応用できるのです。
土性 沙羅
「レスリングは、ブザーが鳴る最後の1秒まで勝敗がひっくり返る競技です。そのため練習では、残り30秒や20秒で数ポイント負けている『絶体絶命のシチュエーション』を意図的に設定しています。パニックになる状況でこそ、冷静かつ攻撃的に動ける『切り替え力』を養います」
本番で必要になる行動や心理状態を、練習のうちから繰り返し体験しておく。これがルーティンを「本番でも崩れにくいもの」に育てる近道です。まずは2週間ほど、練習でも同じ流れを試すところから始めてみてください。
ステップ5|振り返って調整する
ルーティンは一度作ったら終わりではありません。試合後に振り返り、少しずつアップデートしていくことが大切です。振り返りのチェックポイントは次の通りです。
- ルーティンを予定通り実行できたか?
- 実行後、心理的に落ち着けたか?
- 不要な行動、足りない行動はなかったか?
- 環境が変わっても実行できたか?(アウェイ、海外試合など)
登坂さんは、この「振り返って調整する」を、その日のうちに徹底していました。
登坂 絵莉
「夜中の1時とか2時に帰ってきても、その日のうちにビデオを見るのが鉄則でした。負けたその日から次へのスタートが始まっているから。父と2人でテレビにビデオをつなげて、ここがああだこうだやって、『今日ここが足りなかったから、これだけやって寝よう』みたいな感じで、腕立てするならやって。必ずその日のうちにアクションするのが鉄則でした」
一晩寝かせず、感覚が鮮明なうちに振り返り、すぐ行動に落とす——これがルーティンを精度高く育てるコツです。試合ごとに「良かった点」と「変えたい点」を一つずつメモしておくだけでも、あなたのルーティンは少しずつ自分仕様に磨かれていきます。
五輪金メダリスト3名のリアルなルーティン事例
ここでは、3名のアスリートのリアルなルーティンを紹介します。同じレスリングの登坂さん・土性さんでもタイプが違い、柔道の出口さんは「あえて作らない」という第三の選択をしています。正解は一つではありません。自分のタイプに近い事例を、自分のルーティン作りのヒントにしてください。
レスリング|登坂絵莉のルーティン
登坂さんのルーティンは、前日の計量後から当日の試合直前まで、食事と音楽が細かく固定された「再現性の高い準備」でした。
登坂 絵莉
「減量明けは温かいお味噌汁を飲んだり、おかゆを食べてお腹を慣らして、夜ご飯は牛丼。近くの牛丼屋に仲間と2人で行っていました。その後、寝る前にどん兵衛を食べて寝る。 計量後はまず牛乳を飲む。朝は起きたらオレンジジュースとおにぎりとお味噌汁。おにぎりの具は昆布です。 朝は西野カナさんの歌を20分。そこからthe pillowsに切り替えてホテルを出る。ファニーバニー、カルベロ、マイフット、プロポーズ。オリンピックの時はそのリストにBe wildも入れていきました」
固定された食事、固定された音楽の順番——リオ五輪当日まで一貫して同じ流れを守り抜いたことが、決勝という大舞台でも「いつもの自分」でいられた支えになっていました。徹底して再現性を高めたい人にとって、参考になるモデルケースだといえます。
レスリング|土性沙羅のルーティン
土性さんのルーティンは、「身体(股割り)」と「言葉(セルフトーク)」の二層構造でした。シンプルですが、本人にとって最も効くツボが押さえられています。
土性 沙羅
「マットにあがったら、必ず股割りをして気合いを入れていました。試合前に自分にかける言葉は、『私なら絶対に勝てる』『今までやってきたことをやれば負けない』など、自分を信じる言葉。オリンピックや世界選手権でも、自分にかける言葉はほとんど同じでした。プラスして『これだけやってきた』『この舞台に立つためにやってきた』と、自分を奮い立たせる言葉を加えていました」
大舞台でも「いつもと同じ言葉」を使うのが土性さん流。場面が大きくなっても言葉を変えないことで、自分を信じる感覚そのものをルーティン化していました。身体の動作と前向きな言葉をセットにしておくと、緊張する場面でも自分を立て直しやすくなります。
柔道|出口クリスタの「ルーティンを作らない」という選択
全員がルーティンを持つべきとは限りません。出口クリスタさんは、あえて「ルーティンを作らない」というスタンスを取っています。これも一つの有効なアプローチです。
出口 クリスタ
「妹のケリーはルーティンがあるタイプで、自分の試合はまだ先だと思っていたのに、行き違いがあって、すぐ出番になっちゃって、速攻で負けたことがあったんです。急に『あと5試合後だよ』と言われても、その5試合がゴールデンスコアですごく伸びるかもしれないし、逆に30秒で1本で終わって10分以内に行かなきゃいけないかもしれない。何が起きるかわからない競技だからこそ、ルーティンを作らなかったから私は試合に影響しなかったのかなと。 ただ、ルーティンがある人ももちろんすごい強みがある。大事なのは、いかに自分を理解しているかどうかだと思う。そこができていないのに『ルーティンがある方がいいのか、ない方がいいのか』と考えるのはうまくいかないかもしれない。自分に合うかどうかを理解することだと思います」
柔道のように試合の流れが読めない競技では、固定すること自体がリスクになる場面もある——これが出口さんの考え方です。ルーティンを作らないことには、次のようなメリットがあります。
- ルーティンができない状況でも動揺しにくい
- その日のコンディションに柔軟に対応できる
- 「ルーティンを守れなかった」という不安要素がない
ただし出口さん自身も強調するように、これは「自分に合うかどうか」がすべてです。決めごとがあると安心する人が無理に手放す必要はありません。大切なのは、流行や他人の正解ではなく、自分の特性に合った選択をすること。その意味で「作らない」も、自己理解にもとづいた立派な戦略なのです。
あなたはどっち?「作る派」「作らない派」診断

3名のアスリートを対比すると、ルーティンには「作り込む派(登坂・土性)」と「作らない派(出口)」の2タイプがあることがわかります。下の表で、自分がどちらに近いかをチェックしてみましょう。
| タイプ | 向いている人 | アスリート例 |
|---|---|---|
| 作り込む派 | 順番が決まっていると安心する/日々の積み重ねで力を出す/環境がある程度安定している | 登坂絵莉・土性沙羅 |
| 作らない派 | 縛られると窮屈に感じる/環境変化が多い/直感型・感覚型 | 出口クリスタ |
どちらが正解ということはありません。「作り込む派」も「作らない派」も、自己理解という同じ出発点から始まっています。まずは自分のタイプを知ること。それが、自分に合ったルーティン(または「作らない」という選択)にたどり着くための最初の一歩になります。
ルーティンがうまくいかないときの対処法

ルーティンを作っても、最初から完璧に機能するとは限りません。ここでは「続かない」「効果を感じない」「環境が変わると崩れる」という、よくある3つの壁と、その乗り越え方を解説します。うまくいかないのは失敗ではなく、調整の途中だと考えてください。一つずつ対処すれば、ルーティンは少しずつ自分に馴染んでいきます。
壁①|ルーティンが続かない
続かない主な原因は、行動が多すぎる、または自分に合っていないことです。次の対処法を試してみてください。
- 行動を2つに減らしてみる
- 「やらなきゃ」ではなく「やりたい」と思える行動を選ぶ
- まずは1週間だけ試すと決める
ルーティンは「増やす」より「削る」ほうが続きます。負担に感じた時点で一度シンプルに戻し、本当に効く行動だけを残しましょう。続けられる量に整えることが、習慣化への一番の近道です。
壁②|ルーティンの効果を感じない
効果を感じない場合、まだ身体に定着していないか、目的が曖昧になっている可能性があります。次の対処法が有効です。
- まずは2週間ほど続けてから判断する
- ステップ1に戻って目的を再確認する
- 「効果があったか」を試合後にメモする習慣をつける
効果は、数回では実感しにくいものです。記録をつけて「やった日」と「やらなかった日」を見比べると、少しずつ違いが見えてきます。すぐに結論を出さず、データを集める感覚で続けてみることが大切です。
壁③|環境が変わると崩れる(アウェイ・海外試合)
ルーティンが特定の環境に依存しすぎていると、アウェイや海外試合で崩れやすくなります。対処法は、環境に左右されない行動を軸にすることです。
- 「場所に依存しない行動」をルーティンに含める(呼吸法、セルフトークなど)
- 「コアルーティン」(どこでもできる行動)と「オプションルーティン」(環境が許せばやる行動)を分けておく
環境変化への向き合い方として、「作らない派」の出口さんの考え方も参考になります。試合数が多い環境では、一つの儀式に頼るより、その場対応力を磨くほうが合理的だといいます。
出口 クリスタ
「日本代表だった時は、年間に数試合しかなかった。でもカナダ代表になってからは、年間に相当な試合数があるので、1個落としても問題にならないし、『また次頑張ればいい』というスタンスでいられるようになった。それが自分が強くなった要因の一つだと思います」
どこでもできる「コア」を一つ持っておけば、環境が変わっても自分を立て直せます。まずは呼吸法やセルフトークなど、場所を選ばない行動を一つ決めておきましょう。それがあなたの「崩れにくい軸」になります。
日本からアメリカへ生活ごと環境が変わった三井さんは、続けられたこと・できなくなったことの両方を経験しています。
三井 愛梨
「お風呂ですね。バスタブはあるんですけど、シェアなので頻繁には入れない。お風呂に入れないと、疲労の抜け具合が違うなとつくづく思います。練習前にしっかり体を動かす時間も、日本にいた頃より減りました。自分で時間を取らないとできないので工夫が必要」
環境が変わると、当たり前にできていたルーティンほど崩れます。だからこそ、場所や設備に依存しない行動(呼吸法やセルフトークなど)を軸にしておくことが、移動や海外でも崩れない準備につながります。
ルーティン設計ワークシート
ここまでの内容を踏まえて、実際に自分のルーティンを設計できるワークシートを用意しました。下の項目を埋めるだけで、自分だけのルーティンの骨組みが完成します。印刷して書き込んだり、スマホのメモに保存したりして活用してください。
| 項目 | 記入欄 |
|---|---|
| タイプ | 作る派/作らない派 |
| 目的 | (例:緊張を和らげたい) |
| 行動1 | (例:ストレッチ 5分) |
| 行動2 | (例:4-4-8呼吸法 3回) |
| 行動3 | (例:目標を声に出す) |
| 行動4(任意) | |
| 行動5(任意) | |
| 合計時間 | 分 |
| 開始タイミング | 試合◯分前から |
| コアルーティン(どこでもできる行動) | (例:呼吸法のみ) |
最初から完璧を目指す必要はありません。まずは目的と行動を2〜3個だけ書き込み、練習で試しながら少しずつ調整していきましょう。書いて、試して、直す。この繰り返しが、あなただけのルーティンを育てていきます。
よくある質問(FAQ)
試合前のルーティンについて、アスリートからよく寄せられる4つの質問に回答します。実際に取り組むときに迷いやすいポイントをまとめたので、自分の状況に近いものから読んでみてください。
Q1. 他の選手のルーティンをそのまま真似してもいい?
参考にするのは良いですが、そのままコピーするのはおすすめしません。ルーティンは「自分が落ち着く行動」であることが重要で、他人の行動が自分に合うとは限りません。アスリートの事例をヒントに、自分版にアレンジしましょう。
Q2. ルーティンを守れなかった試合はどうすればいい?
時間がなかった、環境が変わったなどでルーティンができないこともあります。そのときは「コアルーティン」(最低限の行動)だけでも実行しましょう。「全くやらない」より「少しでもやる」ほうが、自分の準備に戻りやすくなります。登坂さんも、ベースは変えずに必要な要素だけを足すという工夫をしていました。「オリンピックの時は、いつものthe pillowsのプレイリストに『Be wild』を入れて行きました」とのこと。あらかじめ「可変パート」を用意しておくと、状況が変わっても対応しやすくなります。
Q3. チーム競技でも個人のルーティンは使える?
もちろん使えます。チーム全体のルーティン(円陣、声出しなど)と個人のルーティンを併用するのが理想です。土性さんは指導者として、ルーティンに入っている選手に対して「話しかけないが、視界には入っているようにする」と話します。個人の集中とチームの一体感は、距離感を工夫すれば両立できます。
Q4. ルーティンを変えたくなったらどうする?
成長や環境の変化に応じてルーティンを変えるのは自然なことです。ただし、大きな試合の直前に大きく変えるのではなく、オフシーズンや練習期間中に少しずつ調整するのがポイントです。ベースは保ったまま、その大会に必要な要素だけを足し引きするとうまくいきます。
まとめ|自分だけのルーティンが、力を出し切る支えになる
この記事では、ルーティンの心理的な効果から5ステップの作り方、3名のアスリートの実例、そしてうまくいかないときの対処法まで解説しました。最後にポイントをまとめます。
ルーティン作りの5つのポイント
- 目的を明確に──「何のためにやるのか」を決める
- 3〜5個を目安に行動を選ぶ──多すぎず、少なすぎず
- 順番を固定する──毎回同じ流れで
- 練習から実行する──本番だけではなく日常から試す
- 定期的に見直す──成長に合わせてアップデートする
そして、3名のアスリートに共通しているのは、「他人の真似ではなく、自分に合うやり方を見つけることが大事」ということ。「作り込む派」も「作らない派」も、自己理解という同じ出発点から始まっています。あなただけのルーティン(または「作らない」という選択)を見つけて、次の試合でぜひ試してみてください。その積み重ねが、本番で力を出し切るための支えになります。
参考文献
本記事は、選手への独自取材に加え、以下の公的機関・学術論文・公式情報を参照しています。出典の一覧は、下のボックスをクリックすると開きます。
参考文献を表示(クリックで開く)
- ハイパフォーマンススポーツセンター(HPSC)「スポーツ心理」
https://www.jpnsport.go.jp/hpsc/study/sports_psychology/tabid/1469/Default.aspx</a> - ハイパフォーマンススポーツセンター(HPSC)「メンタルトレーニング技法」
https://www.jpnsport.go.jp/hpsc/Default.aspx?TabId=1473</a> - 山下京・三浦孝仁(2018)「ソフトテニス競技におけるプリ・パフォーマンスルーティン効果尺度の検討」日本体育学会大会予稿集 第69回
https://www.jstage.jst.go.jp/article/jspehss/69/0/69_99_2/_article/-char/ja</a> - J-GLOBAL「スポーツにおけるプレパフォーマンスルーチンの有効性:メタ分析」
https://jglobal.jst.go.jp/detail?JGLOBAL_ID=202402220514306751</a> - 高山智史・佐藤寛(2021)「スポーツパフォーマンスにおけるセルフトーク技法の認知行動理論による理解」体育学研究 66巻 481-495
https://www.jstage.jst.go.jp/article/jjpehss/66/0/66_20074/_article/-char/ja</a> - 日本オリンピック委員会(JOC)「登坂絵莉」
https://www.joc.or.jp/athletes/eritosaka/index.html</a> - 日本オリンピック委員会(JOC)「土性沙羅」
https://www.joc.or.jp/athletes/doshosara/index.html</a> - 株式会社HLBスポーツ「出口クリスタ」
https://hlbsports.jp/service/deguchichrista.html</a> - 日刊スポーツ「出口クリスタが現役引退 パリ五輪カナダ代表で女子57キロ級金」
https://www.nikkansports.com/sports/news/202603240000301.html</a>




